錢形平次捕物控
本文約57,900字 ・ 読了時間 約116分
あらすじ(AIが作成しました)
八五郎は、千駄木の源氏長屋で起きる怪異について錢形平次に相談を持ちかける。長屋には容姿の優れた浪人や若者が集まり、主人の弟が夜な夜な通う女の正体を巡り不穏な噂が立っていた。平次は周囲の人間関係や細工を丹念に紐解き、長屋の主人と弟、そして下男の猪之松らが抱える複雑な感情と、それらが引き起こした騒動の真相を次々と解き明かしていく。
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源氏長屋の怪
一 いつものやうに、この話は、八五郎の早耳帳から始まります。
「ところで親分」
「何が『ところで』なんだ、藪から棒に」
棚の落ちたのも吊れないやうな、不器用な平次が、唐紙の穴を繕いながら、鳴り込むやうに入つてくる八五郎を迎へました。片襷――それは女房のお靜に、袂へ糊がつくからとこぼされて、お靜自身のを拜借した赤いの。なか/\に甲斐々々しい姿ですが、脂さがりの哺へ煙管、これも女房をビクビクさせながらの剃刀使ひは、どう考へても器用な手つきではありません。
「錢形の親分が、唐紙の繕ひをしてゐるんだから、天下靜謐にきまつてゐるぢやありませんか、そんなに暇で/\しやうがないなら、ちよいと智惠を貸して下さいよ――ところで――と來るわけで」
「話は順序を立てなくちやわからないよ、――ところで――どうしたんだ」
平次は向き直つて、煙管をポンと叩きました。まだ剃刀は持つたまゝです。
「危ねえな、どうも。その剃刀が氣になつて、あつしの智惠は人見知りをするから、話の繼ぎ穗を忘れてしまひましたよ」
「だから、八さん、そんな危ない細工を止めて下さいな。御自分の顏も當れない人なんですから、何處か切りはしないかと、宜い加減ヒヤヒヤしますよ」
それは女房のお靜でした。平次が小細工を始めると、不器用でそゝつかしいから、切出しや削刀が青江村正ほどの業をするのです。
「お前は默つてゐろ、――横町の御浪人は、鎧通しで内職の妻楊枝を削つてるぢやないか、御用聞き風情が、唐紙の穴を塞いだところで、御政道の瑕瑾にはならないよ」
「御尤もで――ところで――」
「その――ところで――の後を聽くんだつけ。手つ取早く打ちまけなよ、――金を貸せと言つたつて、驚きやしないから」
「その口は別にお願ひするとして、へツ/\、うつかりねだると、姐さんがまた裏口から質屋へ飛出す」
「嫌な野郎だな――お小遣を借りるのに、糸脈を引いてやがる」
「ところで、親分」
「あれ、まだ本題に入らないのか、氣の長げえ野郎だ」
「早速本題に入りますがね。谷中三崎町から谷を隔てて向うの、千駄木螢澤に、源氏長屋といふのがあるのを御存じですか」