TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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源氏長屋の怪

一  いつものやうに、この話は、八五郎の早耳帳から始まります。

「ところで親分」

「何が『ところで』なんだ、藪から棒に」

棚の落ちたのも吊れないやうな、不器用な平次が、唐紙の穴を繕いながら、鳴り込むやうに入つてくる八五郎を迎へました。片襷――それは女房のお靜に、袂へ糊がつくからとこぼされて、お靜自身のを拜借した赤いの。なか/\に甲斐々々しい姿ですが、脂さがりの哺へ煙管、これも女房をビクビクさせながらの剃刀使ひは、どう考へても器用な手つきではありません。

「錢形の親分が、唐紙の繕ひをしてゐるんだから、天下靜謐にきまつてゐるぢやありませんか、そんなに暇で/\しやうがないなら、ちよいと智惠を貸して下さいよ――ところで――と來るわけで」

「話は順序を立てなくちやわからないよ、――ところで――どうしたんだ」

平次は向き直つて、煙管をポンと叩きました。まだ剃刀は持つたまゝです。

「危ねえな、どうも。その剃刀が氣になつて、あつしの智惠は人見知りをするから、話の繼ぎ穗を忘れてしまひましたよ」

「だから、八さん、そんな危ない細工を止めて下さいな。御自分の顏も當れない人なんですから、何處か切りはしないかと、宜い加減ヒヤヒヤしますよ」

それは女房のお靜でした。平次が小細工を始めると、不器用でそゝつかしいから、切出しや削刀が青江村正ほどの業をするのです。

「お前は默つてゐろ、――横町の御浪人は、鎧通しで内職の妻楊枝を削つてるぢやないか、御用聞き風情が、唐紙の穴を塞いだところで、御政道の瑕瑾にはならないよ」

「御尤もで――ところで――」

「その――ところで――の後を聽くんだつけ。手つ取早く打ちまけなよ、――金を貸せと言つたつて、驚きやしないから」

「その口は別にお願ひするとして、へツ/\、うつかりねだると、姐さんがまた裏口から質屋へ飛出す」

「嫌な野郎だな――お小遣を借りるのに、糸脈を引いてやがる」

「ところで、親分」

「あれ、まだ本題に入らないのか、氣の長げえ野郎だ」

「早速本題に入りますがね。谷中三崎町から谷を隔てて向うの、千駄木螢澤に、源氏長屋といふのがあるのを御存じですか」

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