TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

1 / 18

「へツ、へツ、可笑しなことがありますよ、親分」

「何が可笑しいんだ。いきなり人の面を見て、馬鹿笑ひなんかしやがつて、顏へ墨でもついてゐると言ふのかい」

錢形平次は、ツルリと顏を撫でました。三十を越したばかり、まだなか/\良い男振りです。

「氣が短いなア、そんな人の惡い話ぢやありませんよ、へツ、へツ」

ガラツ八の八五郎は、まだ思ひ出し笑ひが止りません。馬のやうな大きな齒を剥き出して、他愛もなく笑ふ樣子は、どうも十手捕繩と縁のある人間とは思へません。

「イヤな野郎だな。可笑しくて笑ふ分には年貢は要らねえが、顏の造作は臺無しだぜ。そんな羽目を外した相好を、新造に見せねえやうにしろ」

「ね、親分、相好ぐらゐは崩したくなりますよ。三輪の親分が風邪を引いて寢込んだのはいゝが、繩張り内に起つたことの捌きがつかなくなつて、お神樂の野郎が泣きを入れて來たんだから面白いぢやありませんか」

ガラツ八はすつかり御機嫌になつて、手を揉んだり額を叩いたり。

「馬鹿野郎、人樣の病氣が何が面白い」

「――お願ひだから、錢形の親分に智慧を貸して貰つてくれ――つて、あの高慢なお神樂の清吉がさう言ふんだからよく/\でさ。だからあつしがさう言つてやつたんで、――憚りながら、錢形の親分は智慧の時貸しはしねえとね」

「智慧の時貸しつて奴があるかい」

「山の宿の丸屋の主人が行方知れずになつて、もう三十日にもなるが、まるつきり見當がつかないさうですよ。お役人方からお小言が出たんで、三輪の親分假病を使つてゐるんぢやありませんか」

「そいつは放つても置けまい。直ぐ行つて見ようか、八」

こんな調子に運んで來ると、平次も案外氣輕に御輿を擧げます。

近頃すつかり暇で、ろくな掻つ拂ひもないせゐもあつたでせう。

野村胡堂の他の作品