錢形平次捕物控
本文約15,100字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
錢形平次は、浅草山の宿で金貸しを営む丸屋金蔵の失踪事件を追う。一ヶ月前、金蔵は突然姿を消し、その後に店から多額の現金が盗まれ小僧が負傷する出来事が起きていた。平次は菱屋の跡地で不審な動きをしていた者や周囲の人々の聞き込みを重ね、賭博場からの帰りに現場を目撃した利八の犯行を突き止める。欲望に駆られた人間が犯した凶行と、事件に翻弄された人々の葛藤を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「へツ、へツ、可笑しなことがありますよ、親分」
「何が可笑しいんだ。いきなり人の面を見て、馬鹿笑ひなんかしやがつて、顏へ墨でもついてゐると言ふのかい」
錢形平次は、ツルリと顏を撫でました。三十を越したばかり、まだなか/\良い男振りです。
「氣が短いなア、そんな人の惡い話ぢやありませんよ、へツ、へツ」
ガラツ八の八五郎は、まだ思ひ出し笑ひが止りません。馬のやうな大きな齒を剥き出して、他愛もなく笑ふ樣子は、どうも十手捕繩と縁のある人間とは思へません。
「イヤな野郎だな。可笑しくて笑ふ分には年貢は要らねえが、顏の造作は臺無しだぜ。そんな羽目を外した相好を、新造に見せねえやうにしろ」
「ね、親分、相好ぐらゐは崩したくなりますよ。三輪の親分が風邪を引いて寢込んだのはいゝが、繩張り内に起つたことの捌きがつかなくなつて、お神樂の野郎が泣きを入れて來たんだから面白いぢやありませんか」
ガラツ八はすつかり御機嫌になつて、手を揉んだり額を叩いたり。
「馬鹿野郎、人樣の病氣が何が面白い」
「――お願ひだから、錢形の親分に智慧を貸して貰つてくれ――つて、あの高慢なお神樂の清吉がさう言ふんだからよく/\でさ。だからあつしがさう言つてやつたんで、――憚りながら、錢形の親分は智慧の時貸しはしねえとね」
「智慧の時貸しつて奴があるかい」
「山の宿の丸屋の主人が行方知れずになつて、もう三十日にもなるが、まるつきり見當がつかないさうですよ。お役人方からお小言が出たんで、三輪の親分假病を使つてゐるんぢやありませんか」
「そいつは放つても置けまい。直ぐ行つて見ようか、八」
こんな調子に運んで來ると、平次も案外氣輕に御輿を擧げます。
近頃すつかり暇で、ろくな掻つ拂ひもないせゐもあつたでせう。