TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「八、今のは何んだい」

「へエ――」

錢形の平次は、後ろから跟いて來る、八五郎のガラツ八を振り返りました。正月六日の晝少し前、永代橋の上はひつきりなしに、遲れた禮者と、お詣りと、俗用の人が通ります。

「人樣が見て笑つてゐるぜ、でつかい溜息なんかしやがつて」

「へエ――相濟みません」

八五郎はヒヨイと頭を下げました。

「お辭儀しなくたつていゝやな、――腹が減つたら、減つたといふがいゝ。八幡樣の前で余つ程晝飯にしようかと思つたが、朝飯が遲かつたから、ツイ油斷をしたんだ。家までは保ちさうもないのかえ」

「へエ――」

「へエーぢやないよ。先刻は橋の袂で飼葉を喰つてゐる馬を見て溜息を吐いてゐたらう。あれは人間の食ふものぢやないよ。諦めた方がいゝぜ」

「へツ」

八五郎は長んがい顎を襟に埋めました。まさに圖星と言つた恰好です。

「どうにもかうにも保ちさうもなかつたら、その邊で詰め込んで歸るとしようよ。魚の尻尾を噛つてゐる犬なんか見て、淺ましい心を起しちやならねエ」

平次はそんなことを言ひながら、その邊のちよいとした家で、一杯やらかさうと考へてゐるのでした。

「犬は大丈夫だが、橋詰の鰻屋の匂ひを嗅いだら、フラフラつとなるかも知れませんよ」

「呆れた野郎だ」

二人は橋を渡りきつて、御船手屋敷の方へ少し歩いた時。

「あツ、危ねエ、氣を付けやがれ、間拔け奴ツ」

飛んで來て、ドカンと突き當りさうにして、平次にかはされて、クルリと一と廻りした男、八五郎の前に踏止つて遠慮のないのを張り上げたのです。

「何をツ、其方から突つかゝつて來たぢやないか」

「八、放つて置け。空き腹に喧嘩は毒だ」

平次は二人の間に割つて入りました。

「あツ、錢形の親分」

「何んだ。新堀の鳶頭ぢやないか」

革袢纒を着た、中年輩の男、年始廻りにしては、少しあわてた恰好で、照れ隱しに顏の冷汗を拭いてをります。

「相濟みません。少しあわてたもんで、ツイ向ふ見ずにポンポンとやる癖が出ちやつて、へツ、へツ」

「恐しい勢ひだつたぜ。火事はどこだい。煙も見えないやうだが」

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