TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、お願ひだ。ちよいとお御輿を上げて下さい」

八五郎のガラツ八は額際に平掌を泳がせ乍ら入つて來ました。

「何を拜んでゐるんだ。お御輿は明神樣のお祭りが來なきや上らねえよ」

錢形の平次は驚く色もありません。裏長屋の狹い庭越しに、梅から櫻へ移り行く春の風物を眺めて、唯斯うぼんやりと日を暮してゐる、この頃の平次だつたのです。

「三河町の殺しの現場へ行つて見ましたがね、何しろ若い女が四人も五人も居て、銘々勝手なことを言ふから、何時までせゝつて居たつて、眼鼻は明きませんよ」

ガラツ八は頸筋を掻いたり、顏中をブルブルンと撫で廻したり、仕方澤山に探索の容易ならぬことを呑込ませようとするのです。

「八は男つ振りが良過ぎるからだよ。岡つ引は醜男に限るつてね」

「さうでもありませんがね。何しろ右から左から、胸倉まで掴んであつしを物蔭へ引張つて行つて自分の都合の宜いことばかり言ふんでせう」

「宜い加減にしないかよ、馬鹿だなア」

「へエ――」

「惚氣なんか聽いてるんぢやない。サア、案内しな」

「へエ――」

「折角お前の手柄にさせようと思つてやつたのに、仕樣のない奴ぢやないか」

平次は小言をいひ乍らも、手早く身仕度をして、ガラツ八と一緒に外へ出ました。

まだ三十前と言つても、平次とあまり年の違はない八五郎に、一と廉筋の立つた手柄をさせて、八丁堀の旦那方に顏をよくした上、手頃な女房も持たせて、一本立ちの岡つ引にしてやらうと言ふ平次の望みが、何時も斯う言つた愚にもつかぬ支障でフイになつて了ふのです。

平次は途々八五郎の説明を聽きました。

「三河町の奈良屋三郎兵衞つていふと、親分も知つて居る通り、公儀の御用を勤める大層な材木屋だが――金に不自由がなくなると、人間はどうしても放埒になるんだね。お蔭樣でこちとらは――」

「無駄を言ふな、奈良屋三郎兵衞の放埒がどうしたといふのだ」

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