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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,600字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

八月十五夜の江戸、代地の船宿の娘お秀が催した小唄の追善の宴で、客の一人である十九のお勢が刺されて発見される。賑わう二階の座敷をよそに、階下の四畳半で起こった惨劇に対し、銭形平次は現場の状況から、被害者と親しくなっていた炭屋の猪之松に寄せるお秀の歪んだ嫉妬心を突き止める。遊びと情緒に溺れた女の情念が引き起こした事件の真相を、平次が鮮やかに解き明かしていく。

野村胡堂

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一

その晩、代地のお秀の家で、月見がてら、お秀の師匠に當る、江戸小唄の名人十寸見露光の追善の催しがありました。

丁度八月十五夜で、川開きから三度目の大花火が、兩國橋を中心に引つ切りなしに打揚げられ、月見の氣分には騷々しいが、その代りお祭り氣分は申分なく滿點でした。

追悼と言つたところで、改まつた催しではなく、阿呆陀羅經見たいなお經をあげ、お互ひに隱し藝を持寄つて、飮んで食つて、花火が打ち止んだ頃お開きにすればそれでよかつたのです。神祇釋教戀無常を一緒くたにして、洒落のめしてその日/\を暮してゐる江戸時代の遊民達は、遊ぶためには法事も祝言も口實に過ぎなかつたのです。

お秀は代地の船宿の娘で、今年二十四の、咲き過ぎた年増でしたが、自分の容貌に溺れて、嫁ぎ遲れになり、兩親の死んだ後は、船宿の株を人に讓つて、有餘る金を費ひ減らすやうな、はなはだ健康でない生活を續けてゐるのでした。

折惡しくその日は晝過ぎから大夕立、一としきりブチまけるやうに降りましたが、暮近い頃から綺麗に上がつて、よく洗ひ拔かれた江戸の甍の上に、丸々と昇つた名月の見事さといふものはありません。

話はその大夕立の時から始まります。

お秀と仲好しで、向柳原の油屋の娘お勢といふ十九になる可愛いのが、少しでも早く行つて、お秀さんに手傳つて上げようと思つたばかりに、うつかり傘を忘れて飛び出し、柳橋の手前であの大夕立に逢つたのです。

ブチまけるやうな雨足で、逃げも隱れもする隙がありません。夢中で飛び込んだ軒下は運惡く空店で、その先は材木置場、二三軒拾つて安全な場所へ辿り着くまでに、お勢の身體は川から這ひ上がつたやうに、思ひおくところなく濡れてをりました。

この夏、母親にねだつて拵へて貰つた、單衣の帶が滅茶々々になつて、泣きたいやうな心持ですが、どうすることもできません。一度家へ歸つて兎も角乾いたのと着換へて來ようと、小止みになつた雨足を縫つて歩き出すと、丁度そこへ、蛇の目をさして通りかゝつたのは、同じお秀のところへ行く、お紋といふ二十二三の中年増でした。

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