TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、變なことがありますよ」

「何が變なんだ。――まだ朝飯も濟まないのに、いきなり飛び込んで來て」

五月のよく晴れた朝、差當つて急ぎの御用もない錢形平次は、八五郎でも誘つて、どこかへ遊びに行かうかと言つた、太平無事なことを考へてゐる矢先、當の八五郎は少しめかし込んだ恰好で、飛び込んで來たのです。

「それがね、親分」

ガラツ八は少し言ひにくさうでもあります。

「めかし込んでゐる癖に、ひどく取亂してゐるぢやないか。火事か喧嘩か、それとも借金取りか」

「そんなのぢやありませんよ――今日は飯田町のお由良と一緒に龜戸の天神樣へ藤を見に出かける約束で、朝早く誘ひに行くと――」

ガラツ八は少しばかり照れ臭い顏になりました。

「お由良? あの柳屋の評判娘かい――あの娘は悧巧過ぎて附き合ひにくいよ。――世間で騷ぐほど綺麗ぢやねえが、お前にはお職過ぎらア、附き合はねえ方がおためだぜ」

「意見は後で承はるとして、まアあつしの話を聽いて下さいよ。そのお由良を誘ひに行くと、昨夜から歸らないつて、柳屋の親爺が蒼くなつてゐる騷ぎでさ、知り合ひや近い親類も訊いたが、どこへもこの二三日顏を出しちやゐない。――夜逃げをする程の不義理もないから、もしか」

八五郎はまたゴクリと固唾を呑みました。

「誘拐されでもしたんぢやあるまいかといふ話だらう。――あの眼から鼻へ拔けるやうな悧巧者のお由良が、金紋先箱で迎ひに來たつて騙されて行くものか」

「それぢや駈落――」

「駈落なんてえのは馬鹿のすることだよ。本所の叔母さんとか、湯島の從妹とかのところへ行つてゐるんだらう」

「そんなのはありませんよ。どうかしたら?」

「待つてくれ、悧巧者のお由良だけに氣になるぜ。近頃懇意にしてゐる男でもなかつたのか」

「近いうちに、伊勢屋の治三郎と一緒になるといふ話はありますがね」

「それぢやお由良には玉の輿だ。祝言前に評判を立てられるやうなお由良ぢやあるめえ。――こいつは變だよ、もう一度行つて見るがいゝ」

「ね、親分」

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