一
「親分ちよいと――」
ガラツ八の八五郎は、膝つ小僧で歩くやうに、平次のとぐろを卷いてゐる六疊へ入つて來ました。
「なんだ八、また、お客樣をつれて來たんだらう。今度は何んだえ、若い人のやうだが――」
「どうしてそんなことが判るんで? 親分」
「お前の顏にさう書いてあるぢやないか」
「へエ――」
ガラツ八は平手で長んがい顏をブルブルンと撫で廻すのです。
「平手で面を掻き廻したつて、人相が變るものか。馬鹿だなア」
「へエー、そんなもんですかねエ」
「庭へ長い影法師が射して、折角明神樣の森から來た、藪鶯が啼き止んだぢやないか。若くてイキの良い人間が門口に立つてゐることが解らなくてどうするんだ」
「成程ね、さう聽くと一向他愛もありませんね。おい、番頭さん、遠慮することはねえ、親分は見通しだ、ズツと入つて來なさるがいゝ」
ガラツ八は表の方へ身體をねぢ曲げて、門に立つてゐる人を呼込むのでした。
「それぢや親分さんは逢つて下さるでせうか」
「逢ふも逢はねエもあるものか、俺が承知だ。眞つ直ぐに入つて來るがいゝ。ねえ親分、これが本銀町の淺田屋の番頭で、幸吉さんといふんだが、兎にも角にも、一つ話を聽いてやつて下さいよ」
ガラツ八は平次の引込み思案にものを言はせないやうに、外に待たした客を呼込むと、萬事心得て平次の前へ押しやるのです。
近頃江戸中に響いた平次の名を慕つて、流行易者ほど相談事が殺到するのを、お上の御用以外は、梃子でも動くまいとする平次は、その大部分は追つ拂ひましたが、中にはそれを心得て、女房のお靜や子分の八五郎の手を經て、こんな調子に持込むのも少くなかつたのです。
紛失物を嗅ぎ廻したり、女出入りの仲裁までさせられるのは、平次にしても、有難くはありません。が、どうかするとその愚にもつかぬ相談事の中に、飛んでもない事件が孕んでゐたりするので、活動家のガラツ八は、一々チヨツカイを出して、一つでも多くの事件を取込まうとするのです。
「八、何んだか知らねエが、ひどく心得てゐるぢやないか。それほど力瘤を入れるならお前が埒をあけてやつたらよからう」
平次は少し苦りきります。