一
「親分、何んかかう胸のすくやうなことはありませんかね」
ガラツ八の八五郎は薄寒さうに彌造を構へたまゝ、膝小僧で錢形平次の家の木戸を押し開けて、狭い庭先へノソリと立つたのでした。
「胸のすく禁呪なんか知らないよ。尤も腹の減ることならうんと知つてるぜ。幸ひお天氣が良いから疊を干さうと思つてゐるんだ。氣取つてなんかゐずに、尻でも端折つて手傳つて行くがいゝ」
「そいつはあやまりますよ、親分」
「馬鹿野郎、箒へお辭儀なんかしたつて、大掃除の義理にはならないよ。疊をあげるのが嫌なら、その手桶へ水でも汲んで來て、雜巾掛の方を手傳ひな」
「疊をあげるより、犯人を擧げる口がありませんか、親分」
「仕樣のねえ野郎だ。そんなに御用大事に思ふなら、俺の代理に鍛冶町の紅屋へ行つてくれ。――俺は怪我や變死に一々立會ふのが嫌だから、鎌倉河岸の佐吉親分に任せてあるんだ――」
「鍛冶町の紅屋に何があつたんです? 親分」
「紅屋の居候のやうな支配人のやうな彌惣といふ男が、昨夜土藏の中で變死したさうだよ。檢屍は今日の巳刻(十時)今から行つたら間に合はないことはあるまい」
「それぢや親分、大掃除よりそつちの方を手傳ひますよ」
八五郎は言ひ捨てて飛び出しました。
× × ×
紅屋――と言つても、手廣く唐物袋物を商つた店で、柳營の御用まで勤め、昔は武鑑の隅つこにも載つた家柄ですが、先代の藤兵衞は半歳前に亡くなり、跡取の藤吉といふ二十三になるのが、番頭の彦太郎や、自分では支配人と觸れ込んでゐる居候上がりの彌惣を後見に、どうやらかうやら商賣を續けてゐるのでした。
その支配人の彌惣が、今朝小僧の定吉が土藏を開けて見ると、思ひも寄らぬ長持の奧――、曾てそんな物があるとも知らなかつた石の唐櫃の蓋に首を挾まれて、蟲のやうに死んでゐたのです。
ガラツ八の八五郎が行つた時は、一と足違ひに檢屍が濟んで、役人はもう歸つた後。鎌倉河岸の佐吉も歸り仕度をしてゐるところでした。
「お、八五郎兄哥か、少し遲れたが、どうせ大したことぢやないから――。無駄足になつたな、錢形の親分は?」
「大掃除で眞つ黒になつてゐますよ」