一
「親分、あつしはもう癪にさはつて――」
ガラツ八の八五郎は、拳骨で獅子ツ鼻の頭を撫で乍ら、明神下の平次の家へ飛び込んで來ました。
江戸の町が青葉で綴られて、薫風と五月の陽光が長屋の隅々まで行き渡るある朝のこと、
「八の野郎がまた朝つぱらから癪の種なんか持込んで來やがつたぜ。落着いて飯も食へやしねえ」
平次は大きな箸箱へ、ガチヤガチヤと自分の箸をしまひ込んで、お靜の方へ膳を押しやると、心得たお靜は、それを持つてスーツとお勝手へ立ちました。まご/\すると、八五郎に蹴飛ばされさうだつたのです。
「親分、聽いて下さいよ。あつしはもう、癪にさはつて――」
「わかつたよ、又角の酒屋の親爺に先月の拂のことでも當て擦られたんだらう」
「酒屋に借りなんか拵へるものですか、米屋の拂ひなら半歳も溜めるが」
「あんな罰の當つた野郎だ」
「癪にさはつたのはりやんこですよ」
八五郎は大きな指を二本、腰のあたりに當てて見せました。
「惡い癖だ、武家と野良犬はからかはない方が良いと言つてるのに」
「それがその、放つちや置けなかつたんで――これを見て下さいよ、親分」
八五郎は懷ろ深く探つて、皺くちやな紙片を取り出すと平次の膝の前へ、煙管を風鎭に押し伸ばすのでした。
「恐しく下手な字ぢやないか。まさかお前が書いたんぢやあるまいな」
「これでも、あつしの字よりは少し筋が良い」
「字のことになると、自慢がないから、八も可愛らしいよ、――それにしても、こいつは鹿尾菜をバラ撒いたやうぢやないか、お前讀んで見な」
半紙一枚へ、馬糞墨で書いた、下手な字が一パイ。
「こいつは讀むのにコツがありますよ。お弓町の多良井藏人樣のお腰元お玉が死んだ。自害といふことになつてゐるが、人に殺されたに違ひない。親分のお力で下手人を擧げて、お玉の怨を晴らして下さい、頼む――とね」
八五郎が辨慶讀みにした手紙の文句から、事件の重大さと、この手紙を書いた者の、燒きつやうな熱意を感じないわけに行きません。
「それでお前は行つたのか」