TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「困つたことがあるんだがな、八」

よく/\の事でせう、錢形平次は額に煙草を吸はせて、初秋のケチな庭を眺めるでもなく、ひどく屈托して居るのです。

「なんです、大概のことなら、あつしが引受けて埒を明けますよ、女出入りとか、借金の云ひ譯とか、いづれそんな事ぢやありませんか」

日に一度づつはやつて來るガラツ八の八五郎、今日は新聞種のない手持無沙汰を、庭口から長んがい頤を覗かせて歸らうとすると、珍しく平次に呼び留められて、斯う屈托を聽かされたのです。

「馬鹿だなア。女出入りは柄にないことだし、借金の云ひ譯なら、やり付けてゐるから立板に水だ、お前のローズ物の智慧なんか借りるものか」

「へエ、あつしの智惠はローズ物ですかね」

「不足らしい顏をするな」

「それにしても、今日は風當りが強すぎやしませんか。額の八の字に、吸口の痕を付けて、一體何がそんなに親分を困らせるんで?」

八五郎はさう言ひ乍ら、彼岸過ぎの陽の這ひ寄る縁側に、ドタリと腰をおろしました。

「大きい聲ぢやいへねえが、――俺は町方の御用聞だ。大名や旗本屋敷へ行くほど嫌なことはねえのさ」

「物を頼んだ上に威張るから、武家屋敷と聽いただけでもムヅムヅしますよ。こちとらは祿も扶持も貰つてゐるわけぢやねえ、斷わつてしまひませうよ。親分」

八五郎と來ると、平次に輪をかけた武家嫌ひでした。

「ところが、ポンポン斷わるわけにも行かねえことがある。八丁堀の笹野の旦那が、御南の御奉行所から折入つて御頼みを受け、板挾みになつて居られるのだよ」

「へエ」

八丁堀の笹野の旦那、即ち與力筆頭の笹野新三郎は、平次に取つては第一番の知己でもあり、恩人でもあつたのです。

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