一
「親分、死んだ人間が手紙を書くものでせうか」
あわて者のガラツ八は、今日もまた變梃なネタを嗅ぎ出して來た樣子です。
町庇の影が漸く深くなつて、江戸の秋色も一段とこまやかな菊月のある日、
「何を言ふんだ。生きてゐる人間だつて、書けねえのがうんとあるぜ」
平次は月代を剃つて貰ひ乍ら、振り向いて見ようともしません。尤も剃刀を持つて居るのは、片襷を掛けた戀女房のお靜。月代は漸く濟んだが、顎のあたりへ刄物が來て居るので、危なくて身體も動かせなかつたのです。
「だから、死人の書いた手紙は變でせう」
「變だとわかつたら、俺のところへ訊きに來る迄もあるめえ、――今日は滅法忙しいんだ。お前なんかをからかつちや居られねえよ」
「へエ、それにしても大層なおめかしぢやありませんか、新情婦でも出來たんで?」
「馬鹿だなア、四方を見てから物を言ふが宜い。後ろに立つて居るのは俺の女房だぜ」
「へツ、違げえねえ」
「その女房の手には刄物を持つてゐるんだ。冗談にも浮氣の話をされると、俺はヒヤヒヤするぢやないか」
「まア」
戀女房のお靜、――内氣で忠實で、まだ若々しくさへあるのが、夫の平次と八五郎の度を過した冗談に、剃刀のやり場に困つて一瞬立ち竦んだ形になつたのも無理のないことでした。
「相濟みません。そんなつもりで言つたんぢやありませんよ。姐さんの前だが、親分と來た日にや、不粹で野暮で、女嫌ひで――」
「――吝で剛情で唐變木で――と、來るだらう」
掛合噺のうちに、お靜はざつと剃つて、いとしき夫の顎のあたりを、濡れ手拭で丁寧に拭いてやりました。二人の惡洒落には、相手になつてやらない覺悟をきめた樣子です。
「ところで、その死人の手紙ですがね、親分」
八五郎はでつかい煙草入の中から、何やら小さく疊んだ紙を出して、自分の膝の上で念入りに伸して居ります。
「まだ、その死人の手紙が祟つて居るのかえ。一體何處でそんな縁起の惡いものを拾つて來たんだ」
平次は縁側に煙草盆を持出すと、八五郎の話をぼんのくぼに聽く恰好になつて、晝下がりの陽の中に、丹精甲斐の無い狹い庭を眺めて居ります。