錢形平次捕物控
本文約14,000字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
永代橋で飼馬が暴れ、大旗本・板屋八十郎が落命する事件が発生する。八十郎の姪である多世里は、馬に吹矢が刺さっていたことから他殺を疑い、銭形平次に相談を持ちかける。平次は、板屋家の家督を巡る複雑な家庭の事情と、隠居の母・お礼と家臣・杉本友之助の不義が引き起こした愛憎劇を解き明かしていく。武家の体面と家族の絆に苦悩する当主・主水の心情を慮り、平次は独自の裁きを下してこの一件を静かに収束させる。
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一
早春のよく晴れた陽を浴びて、植木の世話をしてゐる平次の後ろから、
「親分、逢つてやつて下さいよ。枝からもぎ立ての桃のやうに、銀色のうぶ毛の生えた可愛らしい娘ですがね」
八五郎は拇指で、蝮を拵へて、肩越しに木戸を指すのです。
「何んだ、その桃の實てえのは?」
「桃ぢやありませんよ。武家風のお孃さんですよ、――永代橋の欄干に凭れて、泣き出しさうな恰好をして居るぢやありませんか。蟲齒の禁呪なら、水の流れを見詰めて、ヂツとして居る筈はないし、こいつはてつきり、橋の上に人の疎らになつたところを見定めて、ドブンとやらかすに違げえねえと、肩に手を置いて、お孃さん、無分別をなすつちやいけませんよ――とやると、あつしの懷中の十手をチラリと見て、――叔父さんが殺されたに違ひないのを押し隱して、家名が大事かは知れないけど、馬術不鍛錬で過つて死んだことにして宜いのでせうか――つて」
「フーム、面白さうだな」
「それからあつしは、そんな馬鹿なことは武家方だつて通るわけはねえ。何んか腑に落ちない事があるなら、錢形親分のところへ行つて相談して見るが宜い。錢形の親分は江戸開府以來の捕物の名人で――」
「ヌケヌケとそんな事を言つたのか」
「さうでも言はなきや、十七八の武家のお孃さんが、あつしと一緒に明神下まで來てくれませんよ。尤もあつしも今朝は清淨で、八幡樣へ朝詣りに行つた歸りだから――」
「不斷はもろ/\の罪穢で滿々として居るんだらう。若い娘なんか二三丁先から匂ひを嗅いで寄りつかない」
「無駄は宜い加減にして、逢つて下さるでせうね。親分、そりや可愛いゝ娘ですよ」
「娘は可愛いだらうが、武家の紛糾といふ奴は、惡いおでき見たいに根が深くて、うつかり手を付けると、ひどい目に逢はされるぜ」
平次は一應尻込みはしましたが、この時、八五郎の後ろに近づいて、遠くの方から拜むやうに見て居る娘の顏を見ると、ツイ、
「――まア、折角遠いところから歩いて來なすつたんだから、ちよいとお話だけ聽いて見るとしようか、御案内申すが宜い、八」