一
早春のよく晴れた陽を浴びて、植木の世話をしてゐる平次の後ろから、
「親分、逢つてやつて下さいよ。枝からもぎ立ての桃のやうに、銀色のうぶ毛の生えた可愛らしい娘ですがね」
八五郎は拇指で、蝮を拵へて、肩越しに木戸を指すのです。
「何んだ、その桃の實てえのは?」
「桃ぢやありませんよ。武家風のお孃さんですよ、――永代橋の欄干に凭れて、泣き出しさうな恰好をして居るぢやありませんか。蟲齒の禁呪なら、水の流れを見詰めて、ヂツとして居る筈はないし、こいつはてつきり、橋の上に人の疎らになつたところを見定めて、ドブンとやらかすに違げえねえと、肩に手を置いて、お孃さん、無分別をなすつちやいけませんよ――とやると、あつしの懷中の十手をチラリと見て、――叔父さんが殺されたに違ひないのを押し隱して、家名が大事かは知れないけど、馬術不鍛錬で過つて死んだことにして宜いのでせうか――つて」
「フーム、面白さうだな」
「それからあつしは、そんな馬鹿なことは武家方だつて通るわけはねえ。何んか腑に落ちない事があるなら、錢形親分のところへ行つて相談して見るが宜い。錢形の親分は江戸開府以來の捕物の名人で――」
「ヌケヌケとそんな事を言つたのか」
「さうでも言はなきや、十七八の武家のお孃さんが、あつしと一緒に明神下まで來てくれませんよ。尤もあつしも今朝は清淨で、八幡樣へ朝詣りに行つた歸りだから――」
「不斷はもろ/\の罪穢で滿々として居るんだらう。若い娘なんか二三丁先から匂ひを嗅いで寄りつかない」
「無駄は宜い加減にして、逢つて下さるでせうね。親分、そりや可愛いゝ娘ですよ」
「娘は可愛いだらうが、武家の紛糾といふ奴は、惡いおでき見たいに根が深くて、うつかり手を付けると、ひどい目に逢はされるぜ」
平次は一應尻込みはしましたが、この時、八五郎の後ろに近づいて、遠くの方から拜むやうに見て居る娘の顏を見ると、ツイ、
「――まア、折角遠いところから歩いて來なすつたんだから、ちよいとお話だけ聽いて見るとしようか、御案内申すが宜い、八」