錢形平次捕物控
本文約15,500字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
雑穀問屋の店員音次郎とお京は、周囲の反対から心中を決意し、夜の川へ身を投じる。一命を取り留めた二人は助け出されるが、その直後に音次郎の叔父である主人彦兵衞が絞殺されているのが発見される。騒動の中で平次は、現場の証拠や音次郎の不可解な行動、心中と見せかけた偽装工作の矛盾点を鋭く指摘し、事件の裏側に隠された凄惨な企みと真相を明らかにしていく。
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一
心中でもしようといふ者にとつて、その晩はまことに申分のない美しい夜でした。
青葉の風が衣袂に薫じて、十三夜の月も泣いてゐるやうな大川端、道がこのまゝあの世とやらに通じてゐるものなら、思ひ合つた二人は、何んのためらひもなく、水の中へでも火の中へでも飛び込み度くなることでせう。
神田鍋町の雜穀問屋、三芳屋彦兵衞の甥の音次郎と、同じ店に奉公人のやうに働いて居る、遠縁の娘お京は、晝の内に打合せて置いた通り、その晩の亥刻半(十一時)に、元柳橋の橋の袂で落ち合ひました。
死ぬ約束で同じ店に居る二人が、手に手を取つて脱け出して來るのは容易でなく、萬一人に見とがめられて、引戻されでもすると恥の上塗りですから、音次郎は本所から深川へかけて、お得意先を廻るといふのが口實。最後に相生町の叔母さんの家で宵を過して、元柳橋へ駈けつけた時は、もう相手のお京が、橋の袂の柳にもたれて、苛々しながら待つて居るのでした。
朧月に透して見るまでもなく、磁石と鐵片のやうに、兩方から駈け寄つた二人が、往來の人足の疎らなのを幸ひ、犇と抱き合つた時、
「まア、よかつた」
お互にさう言つたのも無理のないことです。
「誰にも見付かりはしなかつたかえ」
音次郎は少し離れて、月の光に惚々とお京の顏を透しながら訊くと、
「え、皆んなはもう私が寢たことと思つてゐるでせう。いつものやうにお仕舞をして、叔父樣の肩を揉んで、戸締りを見廻つて、自分のお部屋へ入つて――、それからそつと脱け出して來たんですもの」
この期に臨んでもさすがに若い娘は行屆きます。
「大層綺麗だよ、今夜は」
そんな中でも嗜みの化粧をして、晴れ着の銘仙の袷、死出の旅は、嫁入りするやうな晴れがましさでせう。
「でも」
お京は身を揉んで、極り惡さうに、男の懷中に顏を埋めます。夜風の匂ふのは、娘の體温に薫蒸された、掛香らしい匂ひ。
「私は本所のお得意先から預かつて來たお金が三十兩、これをお店へ屆けずに死んでは氣になるけれど――」
音次郎は内懷中深く忍ばせた財布の中の、三十兩の小判に氣が遺る樣子でしたが、今更それはどうすることも出來ません。