一
「親分、良い天氣ですぜ。チラホラ梅は咲いてゐるし、お小遣はフンダンにあるし――」
「嘘をつきやがれ。梅の咲いたのは俺だつて知つてゐるが、八五郎の財布にお小遣がフンダンにあるわけはないぢやないか」
錢形平次と子分の八五郎は相變らずの調子で始めました。
「なアに、お小遣のフンダンにあるのは親分の財布で――」
「あれ、人の財布の中まで讀みやがつて、氣味の惡い野郎だな」
「そこで、ちよいと御輿をあげてくれませんか。すぐ其處なんだが」
平次の出不精を知り盡してゐる八五郎は、ツイ餘計な細工までするのでした。
「いやに落着いてゐるやうだが、お前はもう今朝三里も歩いてゐるだらう――額口に汗を掻いて足から裾は埃だらけぢやないか。良い若い者が、長刀になつた草履なんか履いて行くのは、止しちやどうだ」
「叶はねえなア、親分に逢つちや、――でも埃は草履のせゐで、道はそんなに遠くはありませんよ」
「何處だ?」
「小石川表町、傳通院の前。山の手一番と言はれた呉服屋、鳴海屋の娘が殺されたらしいんで、富坂の周吉親分からの使ひで、朝のうちに一と走り行つて見て來ましたよ」
「それで?」
「死んだのは鳴海屋の娘でお町といふ十八の可愛いゝ盛り。井戸へ落ちて死んだといふ屆出だが、死骸を見ると、腑に落ちないことばかりだ。ちよつと親分行つて見て下さい。周吉親分が持て餘して、井戸ばかり覗いてゐますよ」
「仕樣がねえなア」
「十八や十九の滅法可愛らしいのが、寢卷で井戸へ飛び込むのも色氣がなさ過ぎるし、過ちにしても、水垢離を取りやしめえし、若い娘が、夜中に井戸端へ行くのも變ぢやありませんか」
「大層氣が付くぢやないか。其處まで解るなら、俺を呼出す迄もあるめえ」
平次の尻の重いのは、出來ることなら八五郎に手柄を立てさせようといふ、子分思ひの不精さでもありました。
「自慢ぢやねえが、その先は少しもわからねえ。周吉親分もさう言ひましたよ、八五郎兄哥にさう言つてやつたら、錢形の親分をつれて來てくれるだらうと思つたのに、獨りで來るのは人の氣も知らない、――てね」