TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「考へて見ると不思議なものぢやありませんか。ね、親分」

八五郎はいきなり妙なことを言ひ出すのでした。明神下の錢形平次の家の晝下がり、煎餅のお盆を空つぽにして、豆板を三四枚平らげて、出殼しの茶を二た土瓶あけて、さてと言つた調子で話を始めるのです。

「全く不思議だよ。晝飯が濟んだばかりの腹へ、よくもさう雜物が入つたものだと思ふと、俺は不思議でたまらねえ」

平次は八五郎の話をはぐらかして、感に堪へた顏をするのでした。

「そんな話ぢやありませんよ。あつしの不思議がつて居るのは、江戸中の人間が腹の中で、いろんな事を考へて居るのが、若しこの眼で見えるものなら、さぞ面白からうと言つたやうなことで――」

「あの娘が何を考へて居るか、それが知り度いといふ話だらう」

「まア、そんなことで」

八五郎は顎を撫でたり額を叩いたりするのです。

「安心しなよ、お前のことなんか考へちや居ないから」

「有難い仕合せで、へツ」

「誰が何を考へてゐるか、一向わからないところが面白いのさ。こいつが皆んな眼に見えたひにや、大變なことになるぜ、――第一こちとらの稼業は上がつたりさ」

「大の男の腹の中が、哀れな戀心で一パイで、可愛らしい娘が喰ひ氣で張りきつて、立派な御武家の腹の中が金慾でピカピカして居るなんざ、面白いでせうね」

「言ふことが馬鹿々々しいな。さう言ふお前の腹の中には、一體何があるんだ」

「戸棚の中の大福餅ですよ、――先刻チラリと見たんだが、まだ四つ五つは殘つて居るに違げえねえ。あれを一體何時誰が喰ふだらうと――」

「呆れた野郎だ、――お靜、大福餅を出してやつてしまひな。そいつは見込まれたものだ、他の者が喰ふと、八五郎の念ひで中毒する」

「へツ、へツ、さすがに錢形の親分は天眼通で」

八五郎は底が拔けたやうに笑つて居ります。

これは併し、平次の生活のほんのささやかな遊びに過ぎなかつたのですが、その日のうちに錢形平次、怪奇な事件の眞つ唯中に飛び込んで、人の心の動きの不思議さに手を燒くことになつて居りました。

「親分、大變ツ」

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