錢形平次捕物控
本文約16,200字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の町で、加納屋五郎次という両替屋に伝わる「金が詰まった瓶」の伝説が噂される。その莫大な富を狙う曲者の存在や、屋敷内で発生する殺人事件を巡り、岡っ引きの銭形平次が知略を駆使して真相に迫る。埋められた瓶から小判の代わりに青銭が次々と現れるという予期せぬ光景を前に、平次は先代たちの苦心と真意を読み解き、事件の背後に隠された人間模様を鮮やかに浮き彫りにする。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、長い間お世話になりましたが――」
八五郎はいきなり妙なことを言ひ出すのです。まだ火の入らない長火鉢の前、お茶をのんで煙草をふかして、煙草を呑んでお茶を啜つて、五尺八寸の身體が、ニコチンとカフエーンで一杯になつた頃、何やら繼穗のない話を思ひ出したのでせう。
「大層改まるぢやないか、――まさか長い草鞋を履くについての挨拶ぢやあるめえな」
平次は大きく欠伸を一つ、節をつけて、さて――と言つた顏になります。
「そんなしめつぽい話ぢやありませんよ。例へば、煙草がなくなるとツイ、向柳原から此處まで飛んで來て、尻から煙の出るほど吸ふといつたあつしでせう」
「どうもさうらしいな。飯の食ひ溜めといふことは聽いたが、煙草の呑み溜めは、八五郎一人に備はる藝當だよ」
「そこでね、親分。それもこれも不斷小遣ひのないせゐでせう」
「恐ろしく悟りやがつたな」
「金儲けなんて藝當はあつしの柄ぢやなし、こいつは一番心を入れ換へて、溜めるに越したことはないと覺悟をきめましたよ。道話の先生もさう言つたでせう――儲けるより溜める方が早い――と」
「大層なことになるものだな。氣は確かか、八」
「へツ、ずんと正氣で、この通り」
などと、自分の胸をドンと打つて見せる八五郎です。
「ところで、金を溜めて、何うしようといふのだ。江戸つ子にはない嗜みだが、後學のために聽いて置かうぢやないか」
「先づ第一に、煙草を呑み度くなる度毎に、一々此處まで飛んで來るのが止せますね」
「成程、下駄が減らなくて宜いだらう」
「小遣ひがなくなつて、親分のところへ借りに來ると、きまつたやうにお靜姐さんが風呂敷包を持つて、お勝手口から驅け出すでせう。あれは殺生過ぎて見ちや居られませんよ、親分の前だが」
「馬鹿野郎」
「へエ」
「お靜がお勝手口から飛び出したつて、まさか、身賣をするわけぢやあるめえ、多寡が質屋通ひだ。こちとらの女房が質屋の暖簾をくゞるのは、三度の飯を炊くのと同じことだよ。餘計な氣を廻しやがると、水をぶツかけて、角のムク犬をけしかけるよ」
「ま、待つて下さいよ。金の入用なわけがもう一つあるんで」
「何んだえ、それは」