錢形平次捕物控
本文約14,900字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
日本橋の晒し場にて、大商人である翁屋小左衞門の死骸が発見される。脇腹を刺された遺体の傍らには、古来の極刑を思わせる鋸が置かれていた。事件の解決を依頼された岡っ引の銭形平次は、翁屋の複雑な人間関係を調査する。妾のお春や浪人の麻井幸之進が絡むなか、平次は被害者が信頼して脇差を預けた人物を特定し、事件の真相と背後に潜む恐ろしい計画を解き明かしていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「親分、日本橋の騷ぎを御存じですかえ」
「知らないよ。晒し物でもあつたのか、――相對死の片割れなんかを、ぼんやり眺めてゐるのは殺生だぜ」
平次は氣のない顏をして、自分の膝つ小僧を抱いたまゝ、縁側から初秋の淺黄色の朝空を眺めて居ります。
八月になつて、少し凉風が立ち初めると、人間共も本心を取戻したか、御用はびつくりするほど暇。その代り質草も粉煙草も、結構な智慧までが盡き果てて、かう毎日天文ばかり見てゐる平次だつたのです。
お勝手では、カタコトと、お仕舞やら三度の食事の支度やら、女房のお靜の氣はひは絶える折もなく、平次の閑居は貧乏臭くはあるにしても、まことに充ち足りた、その日/\だつたとも言へるでせう。
其處へ時折子分の八五郎が、旋風のやうに飛び込んで來るのです。持ち込んで來る『大變』は十の一つもモノになれば結構で、大概は粉煙草と澁い茶にありついて、飄々として歸つて行くのが例ですが、どうかするとまた、飛んだ大物を嗅ぎ出して來て、平次に一と汗かゝせることがないでもありません。
「晒し物には違げえねえが、それが大變なんで」
八五郎はネタの出し惜みでもするやうに、長んがい顎を撫で廻します
日本橋の晒し場には、心中の片割れから女犯の僧と言つたやうなものが、諸人への見せしめに晒され、晒される方はまた、それを死ぬより辛い耻としたればこそ、刑の目的も達したわけですが、今の僞惡者達なら、宣傳效果の逞ましさを狙つて、進んで晒され度いと言ふ者が出て來るかもわかりません。
それは兎も角、八五郎の報告は奇つ怪を極めました。
日本橋の東詰の晒し場、この間まで相對死の片割れの、不景氣なお店者を晒してゐた筵圍の中に、五十前後の立派な中老人が、死骸になつて晒されてゐるといふのです。
お上のしたことでない證據は、日本橋の橋番所でも知らず、その上日本橋の晒し物は、近頃殆んど生きた人間に限られ、死骸の晒し物などは幾年もないことで、わけても死骸の傷は、脇腹を深々とゑぐられ、更に止めまで刺されてをり、尚ほ變つて居るのは、その死骸の側に、大鋸が一梃、血まで塗つて置いてあることだつたのです。