TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、日本橋の騷ぎを御存じですかえ」

「知らないよ。晒し物でもあつたのか、――相對死の片割れなんかを、ぼんやり眺めてゐるのは殺生だぜ」

平次は氣のない顏をして、自分の膝つ小僧を抱いたまゝ、縁側から初秋の淺黄色の朝空を眺めて居ります。

八月になつて、少し凉風が立ち初めると、人間共も本心を取戻したか、御用はびつくりするほど暇。その代り質草も粉煙草も、結構な智慧までが盡き果てて、かう毎日天文ばかり見てゐる平次だつたのです。

お勝手では、カタコトと、お仕舞やら三度の食事の支度やら、女房のお靜の氣はひは絶える折もなく、平次の閑居は貧乏臭くはあるにしても、まことに充ち足りた、その日/\だつたとも言へるでせう。

其處へ時折子分の八五郎が、旋風のやうに飛び込んで來るのです。持ち込んで來る『大變』は十の一つもモノになれば結構で、大概は粉煙草と澁い茶にありついて、飄々として歸つて行くのが例ですが、どうかするとまた、飛んだ大物を嗅ぎ出して來て、平次に一と汗かゝせることがないでもありません。

「晒し物には違げえねえが、それが大變なんで」

八五郎はネタの出し惜みでもするやうに、長んがい顎を撫で廻します

日本橋の晒し場には、心中の片割れから女犯の僧と言つたやうなものが、諸人への見せしめに晒され、晒される方はまた、それを死ぬより辛い耻としたればこそ、刑の目的も達したわけですが、今の僞惡者達なら、宣傳效果の逞ましさを狙つて、進んで晒され度いと言ふ者が出て來るかもわかりません。

それは兎も角、八五郎の報告は奇つ怪を極めました。

日本橋の東詰の晒し場、この間まで相對死の片割れの、不景氣なお店者を晒してゐた筵圍の中に、五十前後の立派な中老人が、死骸になつて晒されてゐるといふのです。

お上のしたことでない證據は、日本橋の橋番所でも知らず、その上日本橋の晒し物は、近頃殆んど生きた人間に限られ、死骸の晒し物などは幾年もないことで、わけても死骸の傷は、脇腹を深々とゑぐられ、更に止めまで刺されてをり、尚ほ變つて居るのは、その死骸の側に、大鋸が一梃、血まで塗つて置いてあることだつたのです。

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