TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「ね、お前さん」

女房のお靜は、いつにもなく、突きつめた顏をして、茶の間に入つて來るのでした。梅二月のある日、南陽が一パイに射す椽側に、平次は日向煙草の煙の棚引く中に、相變らず八五郎と、腹にもたまらない無駄話の一刻を過して居るのでした。

「恐ろしく眞劍な顏をするぢやないか。また俺の湯呑でも割つたんだらう」

錢形平次は後ろを振り向きもせずに、斯んなことを言ふのです。

「あれ、お前さん」

お靜は途方に暮れて言ひ淀みました。察しの宜いのは嬉しいが、いつでも斯う先をくゞつて感の働く平次です。

「それとも、勝手口へうるさい押賣でも來たといふのか」

「さうぢやありませんよ。後生の願ひだから、親分に逢はせてくれといふ娘さんが、來ましたが」

「姐さん、その娘といふのは、年は幾つくらゐで、綺麗ですか」

八五郎は横合ひから口を出します。

「馬鹿だなア、娘と聞くと眼の色を變へて乘り出しやがる。――四十八歳のゆき遲れで、人三化七だつた日にや、女房の取次があんなに彈むものか」

「あれ、お前さん」

お靜はもう一度同じ臺詞を繰り返して、立ち去りもならず、そのまゝ居竦むのです。

「まア宜い、逢ふも逢はないもあるものか。殿樣へお目見得ぢやあるめえし、此處へ通すんだ。お勝手から來るやうぢや、どうせ若い娘だらうから脅かして歸しちやならねえ」

「――」

お靜は心得て立去ると、間もなく十六七の可愛らしいのを、押し出すやうに連れて來ました。紅嫌ひの浮世繪の娘姿のやうに、それは地味ではあるが、申し分なく可憐な好ましい姿でした。

おど/\してゐるが、下つぷくれの情熱的な顏立ち、木綿物の黄縞に黒襟をかけて、帶までが黒いのは氣になりますが、開きかけた唇は妙に引吊つて、涙を噛みしめたやうな、いぢらしさに顫へるのです。

「どうしたんだ姉さん、大層な心配事があるやうだが、打ち明けて話すが宜い。お前さんが此處へ飛び込むのは、よく/\思ひ詰めたことがあるんだらう」

平次は靜かに訊きました。娘の丸い肩が、堪へ性もなく顫へるのを、お靜は後ろからソツト抱き締めるやうに、手拭で涙を拭いてやりました。

「でも、父さんが殺されたんですもの」

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