TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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江戸の閑人の好奇心は、途方もないところまで發展しました。落首と惡刷りと、グロテスクな見世物が、封建制の彈壓と、欝屈させられた本能の、已むに已まれぬ安全瓣だつたのかも知れません。

錢形平次のところへも、夥しい忠告と、皮肉と、當てつ摺りと、中傷の手紙が舞ひ込みます。それを一々取合つても居られないのですが、中にはどうかして、思ひも寄らぬ事件に發展するものもないではありません。

栗唐一座の、眞珠太夫の噂も、近頃平次の注意を惹いた一つでした。何しろ、善惡共に滅茶滅茶の評判です。惡口の方は、商賣敵の陷穽にきまつて居ますが、漠然と江戸中に擴がつた、眞珠太夫の人氣も大變なものです。これだけの人氣をたつた三月くらゐの間に掴んだのは、切支丹の魔法使ひではあるまいか、と飛んだことを言ふあわて者もあつた程です。

眞珠太夫といふのは、泰西のヴイナスの傳説のやうに、越中の國で蜃氣樓を吐く大蛤を見付け、磯へ引あげて一と晩砂濱へ置くと、中から、玉のやうな女の兒が生れたといふのです。

長ずるに從つて、それは美しくも悧發にもなりました。琴棋書畫いづれもおろそかなものはなく、わけても、踊りと唄は習はざるに體得して、これが、大變な魅力になりました。

長く信州の山の中に隱れてゐたのが、この正月江戸へ出て來ると、たつた三月の間に、氣の早い江戸つ兒を、すつかり捕虜にして了ひ、最初は町々の寄席を歩いて居りましたが、凄まじい人氣に押しあげられて、三月になると兩國に小屋を借り、『娘手踊栗唐一座』といふ大看板を掲げてしまひました。

あんまり評判が凄まじく、それに伴ふ中傷も多くなつて、捨て置き難い有樣になつたので、平次は到頭八五郎を檢分にやる氣になりました。そんなことはまた、好きで/\たまらない八五郎です。

少し遲れた櫻が、三月になつても蕾がふくらみかけただけ、閏月を控へて、お祭騷ぎの好きな江戸つ兒達は、花を待つのがもどかしさうでした。

それから三日、恐ろしく手間取つて八五郎が歸つて來ました。

「親分、今日は。御無沙汰いたしました」

手拭を肩から外して、それで埃だらけの足でも拂ふのかと思ふと大違ひ、押し頂くやうに、月代を撫で廻す八五郎です。

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