一
「親分、あつしはよく/\運が惡いんだね」
ガラツ八の八五郎は、なんがい顎を撫でながら、つく/″\斯んな事をいふのです。そのくせ下がつた眼尻も、天井を向いた鼻も悉く樂天的で、たいして悲觀した樣子もありません。
「大層腐つてゐるぢやないか。煮賣屋のお勘子が嫁にでも行つたのかえ」
錢形平次はのつけからからかひ面でした。どんなに芝居がゝりの思ひ入れをして見せても、八五郎では一向ちよぼに乘りさうもなかつたのです。
「そんなこつちやありませんよ。近頃大評判の谷中の感應寺の富籤を買つたんですがね」
「誰が?」
「あつしですよ」
「百文二百文の安富籤ぢやねえ、あれや札代が八匁もするといふぢやないか」
「その代り當れば千兩で、――一箱ありや吉原の大門だつて閉められる」
「呆れた野郎だ、それが當りでもしたのか」
「當りませんよ、たつた一字違ひでね。――だからあつしは運が惡いつて言つて居るんで」
「富籤が當るより、罰の當る面だ、お前は」
「斯うなると、罰でも宜いから當つて貰ひたかつたと思ひますよ。あつしの買つた富札の番號は梅の千五百八番でせう。ところが當り札は梅の千五百十八番ぢやありませんか。癪にさはるの何んのつて――」
「つまらねえことが癪にさはつたものだな、まア腹を立てずにその札を温めて置くが宜い。この先また梅の千五百八番が當り籤にならないものでもあるめえ」
「へツ、呆れたもので」
「ところで、千兩の當りは誰が取つたんだ」
「それがわからねえから不思議ぢやありませんか。感應寺で富籤の興行をしたのが先月の晦日で、それから七日經つたが、當り籤を持つた者がまだ名乘つて出ないんださうです。五十兩二十兩の富籤と違つて、千兩は一と身代だ」
「八五郎に言はせると、吉原の大門が締められる」
「罰の當つた野郎があるもんですね」
「千兩の當り札が賣れ殘つたといふこともあるだらう」
「ところが、今度の富籤は江戸中の大人氣で、賣れ殘つた札は一枚もないさうですよ」
「フーム、少し變だな」
平次も首をかしげました。火事で燒いたとか、紛失したとか、その屆け出さへないといふのは、如何にも考へられないことです。