釣十二ヶ月
本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
諏訪湖畔に住む著者が、四季折々の信濃の自然を背景に、山々を巡る鉄道の旅や、公魚の穴釣りを楽しむ日々を綴る随筆。富士見から清里へと至る小海線沿線の絶景や、冬の厳しさと静寂の中で対峙する富士の姿を描く。また、氷上の釣りを巡る失敗や成功の体験を通じ、厳しい自然と向き合いながら得られる独特の釣趣と、四季の移ろいに寄り添う生活の機微を語る。本書は、釣りを通じた人間心理の面白さや、土地の自然への愛着を収める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一月
二日早起諏訪湖畔から小淵沢迄汽車、富士見駅から超大型のリユツク・サツクを背負つて、名取運転手乗り込む。去年正月伴れて行つた小使君は、御勘弁願ひますと逃げてしまつた。穴釣りの面白さは分つても、寒さには降参したらしい。名取のリユツク・サツクには、炭二貫目、石油缶を二つぎりにした火鉢二ツ、それに餅一臼は入つて居るだらう。
小淵沢でしばらく待つと東京からの夜行がつく。毎年二三人の同好の士が来る。小海線へ乗り換へて、急傾斜の上りになる。小泉、大泉と海抜と共にすばらしい景色になる。
車中の客皆立ち上つて窓外を見る。東南の方大富士がスラツと立つて裾を曳く、その右に目近く南アルプス連峯、甲府盆地は朝靄の糢糊として人生生活はまだ見えない。
西北反対側の車窓に眼を転ずると、鼻先に八ヶ岳連峯が刻々と姿を変へて行く。毎週一回富士見東京間を往復して居る私は、富士見への帰路長坂駅近くなつて、右車窓に見える八ヶ岳のとゝのつた何処か女性的な姿を見て、
わが山の八ツ安泰に秋の空
の一句を吐いたほど、二十年近く、この山に親しんだのであるが、小海線から見る八ツは、わが山、とはどうしても見えぬ荒い感じの山に見える。八ツの正面は長坂から富士見迄で、小海線からは横顔である。
小泉駅から鉄路は富士川支流の川俣溪谷を右窓から見下される。水量は余り多くないが、山女魚岩魚が棲んで居る。滝が向ふ岸から落ちて居るのが見える。滝の名は知らないが、入江たか子の滝である。「月よりの使者」と云ふ映画に出た滝である。この映画の原作は久米正雄君であるが、富士見高原療養所の看護婦を主人公にして居るので、ロケーシヨンには入江たか子さんや高田稔君が富士見へ来た。あのロケーシヨンの頃、入所患者が浮世を感じたと見えて、毎晩催眠剤を請求して困つたのを今も思ひ出す。
そのロケーシヨンの下調査の時、私はこの辺で富士の見える所は、みんな富士見高原と思つて居ます、と話して、小海線も一応見て下さいと云つたのである。それでこの滝もロケーシヨンに入つたのである。