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大正十三年篇 一九二四年(十五歳)
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◆大正十三年十月二十五日『北国新聞』夕刊「北国柳壇」 (高松)喜多 一児 静な夜口笛の消え去る淋しさ
燐寸の棒の燃焼にも似た生命
皺に宿る淋しい影よ母よ
◆十月二十九日夕刊「北国柳壇」 秋日和砂弄んでる純な瞳
思ひ切り笑ひたくなった我
無駄な祈りと思ひつゝ祈る心
運命を怨んで見るも浅猿しさ
其の侭に流れんことを願ふ我
◆十一月四日夕刊「北国柳壇」 日章旗ベッタリ垂れた蒸暑さ
いい夜先 幾つかの命ゆがめられ
子供等の遊びへ暗影迫り来る
海鳴りが秋の心へ強く響き
表現派の様な町の屋根つゞき
悲しい遊戯を乗せて地球は廻る
外燈へ雨は光って目がけ来る
得意さを哀れさに見る哀れさ
滅びゆく生命へ滅ぶ可きが泣
生活へ真剣になれぬある生活
一跳ね一跳ね魚の最後が刻まれる
大きな収穫総てを忘れた喜び
泣く笑ふそして子等の日は終り
◆十一月六日夕刊「北国柳壇」 磯馴松もう冬近い唸りなり
諦めてか諦めずか柿の葉は落
なき倒す風総ては大地へしがみ付
生きる死ぬ必死の侭を恐怖し
地球を封じ込めたやうな空
夜の幕払はれて地上の無惨なる
飯粒を戴いて拾ふ我が母
腹が減った時だけ飯が旨い
◆十一月七日夕刊「北国柳壇」 肥臭い侭の身体のある誇り
瞬間を求めてゐる子供達
思切り笑へなく成た悲しい喜び
◆十一月十二日夕刊「北国柳壇」 人生の努力に疲れた老人の額
太陽に雲と地球が染ってゐる
秋風が地球の上を嘗めて行く
鳥が枝に止まるが如き人の生命
儚ないと捨られもせぬ命なり
大きな物小さな物を踏みにじり
風船玉しかと掴めば破れます
◆十一月二十七日夕刊「北国柳壇」 束縛なく生きて悲哀なく消え
散る菊へ私一人だけが泣く
鉄鎖の解る日生活の恵を見せ
何時でも乾き切らない大地なり
煙突の煙の行方が知れない世
◆十一月三十日夕刊「北国柳壇」 悪人の心へ夕陽強う照り
争ひを夫と思はぬ鶏を見る
柿の木に雀ふくれる朝となり
籠の鳥歌って女工帰るなり
桃割の瞳 何も彼も諦める
赤とんぼにも生命があります
小春日に宝達山が痩せてゐる
◆十二月六日夕刊「北国柳壇」 吹けば飛ぶ物丈風は吹き飛し