松本たかし句集
本文約12,000字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
大正十三年頃から昭和八年初夏までに詠まれた七百五十余句を収める句集。著者は自身の生活の記録となるような作品を中心に抽出した。序文では高浜虚子が、写生と詩的感覚が融合した表現技法や、病身でありながらも作品に宿る若々しい覇気、そして俳句に注ぐ芸術への情熱を高く評価している。日常生活を深く観察し、繊細な感性で言葉を紡ぐ著者の世界観が、季節の移ろいや自然の景物を通じて静かに描き出されている。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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序
雨音のかむさりにけり虫の宿
作者が虫の音を静に聞いて居つた。そこへ雨が降り出して来た。その雨が庭木にあたつて、かすかな音をたてゝゐる。さういふ事実からこの句を得るまでの間の、作者の頭の働き具合を考へて見ると興味がある。働き具合と言つたところで別に想を構へるといふのではない。たゞ静にその場合の光景を噛みしめて見て、何といふ言葉で言ひ現はしたなら、その場合の感じが出るであらうと考へた末に、遂に「かむさりにけり」といふ言葉を生み出して、漸く安心した作者の心持が現はれるのである。「かむさりにけり」といふ言葉は、雨の降つて来た時の感じを巧みにうまく表はし得た言葉である。かう言はれてみると、その場合の感じが余蘊なく描れてゐるのである。言葉を見出すのが巧みだとも言へるが、その感じが鋭敏だとも言へる。両者は一にして二ならずといふべきである。
狐火の減る火ばかりとなりにけり
たかし君の近来の句は、写生の技倆ももとより認むるがその写生にあたつて用ひる言葉が、普通の人よりも一段高いところにあるやうに思ふ。言を換へれば詩的であるやうに思ふ。だから写生句でありながらも、余程空想化された句であるやうに受取れるのである。この句ももう狐火は減る一方になつてしまつたといふ事を言つたのであるが減るといふ動詞に重きを置かずして、減る火といふ名詞の方に重きを置いて叙したといふことが大変技巧的に効果を挙げてゐる。その他「暦売ふるき言の葉まをしけり」とか「大木にして南に片紅葉」とか語法句法の為に作者の異常なる緊張を示してゐる句が沢山ある。この点を特筆せねばならぬと思ふ。
赤く見え青くも見ゆる枯木かな