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TORENDIA

オスカー・ブロズキー事件

本文約38,500字 ・ 読了時間 約78分

あらすじ(AIが作成しました)

サイラス・ヒクラーは、善良な市民を装いながら裏で犯罪を重ねる男である。ある夜、ヒクラーの家を訪れたオスカー・ブロズキーが不審な死を遂げたことから、法医学者ソーンダイク博士が調査に乗り出す。博士は現場に残された手掛かりや科学的根拠を積み重ね、独自の視点から緻密な捜査を展開する。本作は、冷静な観察眼と論理的な思考を持つ探偵が、隠蔽された犯罪の真相を解明していく過程を描く推理小説である。

リチャード・オースティン・フリーマン Richard Austin Freeman

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犯罪編

良心という言葉は、いろいろの意味に解釈されている。ある人はこれを苛責と解釈しているが、この苛責すなわち remorse の re は再びを意味し、morse は噛むを意味しているところから、学究的にむつかしく考える人は、良心のことを「再び噛む」というのである。それからまた、一方では良心をごく気楽に考える人もあって、そんなことが、幸福と幸福でないことの、決定的な要素のように思われている。

むろん、良心というものを気楽に考える人にも、理窟がないことはないが、そこに大きな問題があるのである。こちこちの固い良心をもった人は、柔かい良心の人だったら「再び噛む」に痛めつけられるようなみじめな状態におちいっても、案外けろりとしているようなこともある。それからまた、ある少数の不運な人は、良心というものを全然もっていないのもあるが、これは普通人の精神的有為転変を超越できるマイナスの賜物といえるだろう。

そのいい例が、サイラス・ヒクラーである。善意にかがやく、いつもにこにこ笑っている彼のほがらかな丸顔をみては、だれだって彼を犯罪者とは思わない。わけても、しょっちゅう機嫌がよくて、家のなかで気がるに喋り、食事の時に気のきいた冗談をとばす彼を、いつも見ているはずの、彼のうちの尊敬すべき高教会派の家政婦は、彼を信じきっていたのである。

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