一
「錢形の親分さん、お助けを願ひます」
柳原土手、子分の八五郎と二人、無駄を言ひながら家路を急ぐ平次の袖へ、いきなり飛付いた者があります。
「何だ/\」
後から差覗くガラツ八。
「何處か斬られなかつたでせうか、いきなり後ろからバサリとやられましたが――」
遠灯に透せば、二十七八の、藝人とも、若い宗匠とも見える一風變つた人物。後向になると、絽の羽織は肩胛骨のあたりから、帶の結びつ玉のあたりへかけて、眞一文字に斬り下げられ、大きく開いた口の中から、これも少し裂かれた單衣が見えるのでした。
「大丈夫、紙一枚といふところで助かつたよ。ひどいことをする奴があるものだね。辻斬にしちや不手際だが――」
平次はさすがに、斬口の曲つた工合から、刄先の狂ひを見て取りました。
「辻斬なら仔細は御座いませんが、――この間から、時々こんなことがありますので、油斷がなりません」
男は眞夏の夜のねつとり汗ばむ陽氣にも拘はらず、ぞつとした樣子で肩を顫はせました。町の灯の方へ向くと、青白い弱々しい顏立ちで、色戀の沙汰でもなければ、命を狙はれさうな柄ではありません。
「そいつは物騷だ。命を狙はれちや、いゝ心持のものぢやあるめえ。――送つて行つてあげよう。お前さんの家は何處だえ」
「横山町まで參ります」
「横山町?」
「遠州屋の者で」
「遠州屋は大分限だが――店の者にしちや」
平次は頸を捻りました。絽の羽織、博多の帶、越後上布の單衣、――どう見ても丁稚や手代の風俗ではありませんが、仔細あつて、横山町の遠州屋の主人はツイ先頃非業の死を途げ、跡取りはまだほんの子供だといふ話を聞いて居たのでした。
「甥の金之丞と申します」
「それぢや、能役者をしてゐた好い男てえのはお前さんかい」
ガラツ八の八五郎は、ツケツケしたことを言つて、金之丞と名乘る男の顏を差しのぞきました。
「お耻かしいことで御座います」
「耻かしがることはねえが、命なんか狙はれるやうぢや、好い男に生れつくのも考へ物だね」
と八五郎。
「安心しろよ。手前なんかは、生れ變つたつて、財布や命の狙はれつこはねえ」