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TORENDIA

日本橋附近

本文約18,300字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

日本橋附近を訪れた著者が、震災後の変わり果てた街並みに昔日の面影を求めて彷徨う様子を描く。かつて魚河岸として活気に満ちていた頃の喧騒や江戸の情緒が失われ、バラックが立ち並び、山の手の客に占拠された現在の風景を前に、著者は深い寂寥感を抱く。過去の記憶と現在の変化を重ね合わせながら、変わりゆく都会の姿と、その変遷のただ中を生きる自身の人生に思いを馳せる散策記である。

田山花袋

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一

日本橋附近は変ってしまったものだ。もはやあのあたりには昔のさまは見出せない。江戸時代はおろか明治時代の面影をもそこにはっきりと思い浮べることは困難だ。

あのさびた掘割の水にももはやあの並蔵の白さはうつらなかった。あれがあるために、あのきたない水も詩になったり絵になったりしたのに……。それでも去年の暮だったか、あの橋の上を歩いていると、かしましく電車や自動車の通っているのを余所に、一艘の伝馬がねぎの束ねたのや、大根の白いのや、漬菜の青いなどを載せて、小刻みに小さな艪を押しながら静かに漕いで行くのを眼にしたことがあった。私はたまらなくなつかしい気がした。じっとその野菜舟の動いていくのを見詰めた。

その掘割の水は例によってわるくさびていたけれども、それでもそこにその野菜や船頭の影が落ちて、それが皺をたたんださざ波の底にかすかながらもそれと指さされるのだった、私は遠い昔の面影をそこに発見したような気がした。何もかも移り変って行ってしまっている中に――ことに震災以後は時には廃址になったかとすら思われるくらいに零砕に摧残されている光景の中にそうした遠い昔の静けさが味わわれるということは、私に取っては何ともいえないことだった。ことに、その日は冬の霧のどんよりとした空にどこからともなく薄日がさし添って来ているような日で、午前十時過ぎの静けさが統一しないバラックの屋根やら物干やら不恰好なヴェランダやらを一面におおい包んでいた。物干の上には後向になった女の赤い帯などが見えていた。

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