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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,900字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

水茶屋の女お篠は、妹のお秋が奉公先で妾にされそうになっていることを懸念し、江戸の八五郎に救出の手助けを依頼する。八五郎が湯島の山名屋の店先で十手を見せて威嚇する間、お篠は店に乗り込む。その後、店主の五左衛門が亡くなる事件が発生し、浪人や奉公人が疑われるなか、銭形平次がその知略で番頭の犯行を暴く。事件解決後、お秋は本来の許婚である宗次郎のもとへ戻り、お篠の献身的な気質を平次が認める物語を描く。

野村胡堂

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一

話はガラツ八の八五郎から始まります。

「あら親分」

「――」

「八五郎親分」

素晴らしい次高音を浴びせられて、八五郎は悠揚として足を止めました。意氣な單衣を七三に端折つて、懷中の十手は少しばかり突つ張りますが、夕風に胸毛を吹かせた男前は、我ながら路地のドブ板を、橋がかりに見たてたい位のものです。

「俺かい」

振り返るとパツと咲いたやうな美女が一人、嫣然として八五郎の鼻を迎へました。

「八五郎親分は、江戸にたつた一人ぢやありませんか」

「お前は誰だい」

「隨分ねエ」

女はちよいと打つ眞似をしました。見てくれは二十二三ですが、もう少しヒネてゐるかもわかりません。自棄な櫛卷にした多い毛にも、わざと白粉を嫌つた眞珠色の素顏にも、野暮を賣物にした木綿の單衣にも、つゝみ切れない魅力が、夕映と一緒に街中に擴がるやうな女でした。

「見たやうな顏だが、どうも思ひ出せねえ。名乘つて見な」

「まア、大層なせりふねえ、――遠からん者は音にも聞け、と言ひたいけれど、實はそんな大袈裟なんぢやありませんよ、――兩國の篠をお忘れになつて、八五郎親分」

女は少しばかりしなを作つて見せます。

「何だ、水茶屋のお篠か。白粉ツ氣が無くなるから、お見それ申すぢやないか」

「まア、私、そんなに厚塗りだつたかしら?」

お篠はそんな事を言ひ乍ら、自分の頬へ一寸觸つて見せたりするのです。笑ふと八重齒が少し見えて、滅法可愛らしくなるくせに、眞面目な顏をすると、屹とした凄味が拔身のやうに人に迫るたちの女でした。

「赤前垂を取拂ふと、すつかり女が變るな。一年近く見えないが、身でも固めたのかい」

「飛んでもない、私なんかを拾つてくれ手があるものですか」

「さうぢやあるめえ、事と次第ぢや、俺も拾ひ手になりてえ位のものだ」

「まア、親分」

お篠の手がまた大きく夕空に弧を描くのです。

「ところで何か用事があるのかい」

「大ありよ、親分」

「押かけ女房の口なら御免だが、他の事なら大概相談に乘つてやるよ。ことに金のことなどと來た日にや――」

「生憎ねえ。親分、金は小判といふものをうんと持つてゐるけれど、亭主になり手がなくて困つて居るところなの」

「ふざけちやいけねえ」

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