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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,700字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

兩國で軽業を見せる美貌の振袖源太に世間が沸く中、捕物の名人錢形平次は、入水しようとしていた老爺を救い出す。老爺は呉服屋福屋の主人の子供五人が次々と行方不明になっている奇怪な事件を語り、平次は真相究明に乗り出す。店で奉公人を装う者や継母の存在を疑いながら捜査を進める平次は、犯人が福屋に復讐を誓う源太であることを見抜く。平次は人質となった子供たちの命を守るため、源太の女房お千代を人質に取るという最後の手に出る。

野村胡堂

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一

兩國に小屋を掛けて、江戸開府以來最初の輕業といふものを見せた振袖源太。前髮立の素晴らしい美貌と、水際立つた鮮やかな藝當に、すつかり江戸ツ子の人氣を掴んでしまひました。

あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空氣に浸つた、捕物の名人で『錢形』と異名を取つた御用聞きの平次。夕景から界隈の小料理屋で一杯引つかけて、兩國橋の上にかゝつたのはもう宵の口。

小唄か何か口吟み乍ら、十六夜の月明りにすかして、何の氣もなくヒヨイと見ると、十間ばかり先に、欄干へ片足を掛けて、川へ飛込まうとして居る人間があります。

「あツ」

と言つたが、驅け付けるには少し遠く、大きな聲を出せば、直ぐ飛び込まれるに決つて居ります。

思はず袖へ手が入ると、今しがた剩錢にとつた永樂錢が一枚、右手の食指と拇指の間に立てゝ、ろくに狙ひも定めずピユウと投げると、手練は恐ろしいもので、身を投げようとする男の横鬢をハツと打ちます。

「あツ、何をするんだ」

思はず飛込みさうにした欄干の足を引込めて、側へ飛んで來た平次に、噛みつきさうな顏を見せます。

「お、危ねえ。俺は河童の眞似は得手ぢやねえから、飛込まれたら最後見殺しにしなきアならねえ」

さう言ひ乍ら、冗談らしく相手の袖を押へた平次。咄嗟の間に見極めると、年の頃五十六七、實體らしい老爺さんで、どう間違つても身投などをする柄とは見られません。

「無法な事をするにも程があつたものだ。こんなに脹れちやつたぢやないか、見ろ」

老爺は身投することも忘れて、しきりにこめかみに唾を附け乍ら、小言を言つて居ります。

「勘辨しねえな、とつつあん。さうでもしなきやア、間に合はなかつたんだ。命と釣替へなら、こめかみへ穴が明いたつて我慢が出來ねえこともあるめえ」

「不法な人があつたものだね、どうも」

老爺さん甚だ平かぢやありませんが、永樂錢一枚の痛手で、兎に角死ぬ氣がなくなつてしまつたことだけは事實のやうです。

間もなく平次は、もう一度東兩國の小料理屋に取つて返して、身投を思ひ止らせた老爺の話を聞いて居りました。

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