一
「親分、金持になつて見たくはありませんか」
八五郎はまた途方もない話を持ち込んで來たのです。やがて春の彼岸に近い、ある麗らかな日の晝過ぎ。
「又變な話を持つて來やがる、俺は今うんと忙しいところだ。金儲けなんかに取合つちや居られねえよ」
「何が忙しいんです、――はたで見ると隨分呑氣さうですね。日向に寢そべつて本なんか讀んでゐて」
「それが忙しいんだよ。曾我の五郎が助かるか、殺されるかといふところだ――」
「そいつは、何處の親類で?」
「曾我物語といふ本に書いてある話だよ。俺の親類の五郎さんぢやねえやな」
平次は自若として、まだ物の本に讀み耽つて居ります。
「呆れたものだ。そんな心掛けだから、親分は何時までも貧乏してゐるんですぜ」
「あれ、變なことを言ふぢやないか。お前は今日、俺に意見をするつもりで來たのか」
「そんなつもりぢやありませんがね。こいつは、鼻の先にブラ下がつてゐる金儲けですぜ。ちよいと親分が知識を働かしてくれさへすれば――」
「お斷りだよ、八。俺はそれどころぢやないんだ」
「五郎さんが死ぬか生きるか――といふ話でせう。それはそれとして、兎に角、この話を聽いて下さいよ。親分が乘り出す出さないは別として、あつしの仕事だと思つて、ちよいと相談に乘つて、女の子を二三人助けてやつて下さいよ」
「あれ、今度は泣き落しと來たのか。金儲けが餌ぢや俺は不精になるばかりだが、八に泣かれちや、そつぽを向いて居るわけにも行くまい、――一體どこの國にでつかい金山があるんだ」
平次は漸く本を閉ぢて、八五郎の方に向き直りました。日向の梅は丁度咲ききつて、屋根に燃える陽炎が、うつら/\と眠りを誘ひます。
何處かで鳴る初午の太鼓。
「有難いね、親分が乘り出してくれさへすれば、こんな話は朝飯前に片付きますよ。うまく行けば、褒美の金が百兩――怒つちやいけませんよ。あつしだつてそんな目腐れ金なんか當てにして居るものですか、三人の女の子の喜ぶ顏を見て――」
「百兩が目腐れ金か、八五郎も氣が大きくなつたぜ。でも、そんなものより、三人の女の子の喜ぶ顏が見たいといふのは嬉しいな」
「尤も、三人のうちの一人は取つて五十三になる」