TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「八、大變なことがあるさうぢやないか」

江戸開府以來と言はれた、捕物の名人錢形平次は、粉煙草の煙りを輪に吹きながら、いとも寛々たる態度で、飛び込んで來た子分の八五郎に、かう浴びせるのでした。

あわて者の八五郎、一名ガラツ八は、平次のためには『見る眼嗅ぐ鼻』で、その天稟の勘を働かせて、江戸中のニユースを嗅ぎ出して持つて來るのですが、生憎なことに今日は恐ろしい不漁で、猫の子がお産をしたほどの事件もなく、でつかい彌造を二つ陰氣に拵へて、日本一の張り合ひのない顏を、兎にも角にも親分のところへ持つて來たのでした。

その鼻面を叩くやうに、『大變なこと』といふのを浴びせられて、八五郎さすがに面喰ひました。まさにお株を取られたかたちです。

「へエ、何んですそれは? あつしの知らない大變なことてえのは?」

彌造をほぐすと、左に曲つた髷の刷毛先を直して、八五郎は上がり框に腰をおろしました。

「八さん騙されちやいけませんよ。朝つから八さんが來たら、うんと脅かしてやるんだつて、手ぐすね引いて待つてゐたんですよ。どうせつまらないことに決つてゐるんですから」

お勝手から出て來た平次の戀女房のお靜は、濡れた手を拭き/\八五郎に注意をしてやります。

「默つてゐろ。女房が亭主に裏切りをするのは見つともいゝものぢやねえ」

「まア」

お靜はちよいと怨じましたが、自分も少し出過ぎたことに氣がついたか、そのまゝもとのお勝手に、一陣の薫風を殘して姿を隱しました。

「何んです、親分、――あんまり脅かさないで下さいな」

「八五郎の前だが、たまには俺だつて、面白いネタを拾つて來るよ、――近頃諸方の寺々から、大町人大名屋敷まで荒して大變な名畫名幅を盜んで歩く、不思議な泥棒があるといふ話ぢやないか。お前の耳にそれが入らないワケはないと思ふんだが――」

「そんなことなら、五日も前から聞込んでゐますよ」

「エライ、さすがは順風耳の八五郎だが、何んだつてそれを俺の耳には入れてくれなかつたんだ」

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