一
「親分、驚いちやいけませんよ」
毎日江戸中のニユースを掻き集めて、八丁堀の組屋敷から、南北兩町奉行所まで、萬遍なく驅け廻らなきや、足がムズムズして寢つかれないといふ、小判形の八五郎こと、一名順風耳のガラツ八です。
「驚かないよ。お前と附き合つて一々驚いてゐた日にや、膽つ玉の掛け替へが二三束あつたつて足りやしまい。どこの鼠が猫の子を捕つたんだ」
錢形平次――江戸開府以來と言はれた捕物の名人平次は相變らず貧乏臭い長屋に燻ぶつて、火の消えた煙管を横ぐはへに、世話甲斐のない三文植木を並べては、獨り壺中の天地を樂しんでゐるのでした。
平次は三十を越したばかり、典型的な江戸ツ子で引つ込み思案で、色の淺黒い好い男ですが、子分の八五郎も勘平さんそこ/\の血氣盛り。色白でノツペリして、顎が長くて鼻の下の寸が詰つて、ノウ天氣で向う見ずで、正直者で洒落が好きで、――そして何んと、この年までもまだ獨り者だつたのです。
「そんな間拔けな話ぢやありませんよ。江戸で名題の金持が千兩箱を杉なりに積んで、その上で死んでゐたとしたら、どんなもんです、親分」
「金がありや死ななくてもいゝといふ御布令でも出たのか」
平次はまだそんなことを言つて居りました。
「唯死んだんぢやありませんよ。首を縊つて死んだんで」
「誰だえ、その金持は?」
「赤坂裏傳馬町の萬屋善兵衞ですよ」
「あ、あの惡兵衞か」
それは鬼のやうな六十男で、半生の非道な公事(訴訟)と、人の弱身につけ込む強請で何萬といふ金を拵へ、本名の善兵衞を忘れられて、萬屋惡兵衝で通つた名物男だつたのです。
「驚くでせう。萬屋善兵衞が千兩箱の上で首を吊つて死んだと聽いたら」
「驚くよ、まさに一言もないところだ。餘人は知らず萬屋善兵衞、三途の川で渡し守からお剩餘を取る老爺だ。自分で首などを吊る人間ぢやない」
「御檢屍の同心、小田中左門次樣が、腑に落ちないことがあるから、平次を呼んで來るやうにといふお言葉で」
「よし、行つて見よう」
平次は手早く支度をすると、女房のお靜の打つてくれる切火を項に浴びながら、八五郎と一緒に赤坂見付に飛びました。