一
「わツ驚いたの驚かねえの」
ガラツ八といふ安値な異名で通る八五郎は、五月の朝の陽を一パイに浴びた格子の中へ、張板を蹴飛ばして、一陣の疾風のやうに飛び込むのでした。
「此方が番毎驚くぜ。何んだつて人の家へ來るのに、鳴物入りで騷がなきやならないんだ」
親分の錢形平次は、さう口小言をいひながらも、さして驚く樣子もなく、淺間な家の次の間から、機嫌の良い笑顏を見せるのでした。
江戸開府以來と言はれた捕物の名人錢形平次は、かうして煙草の煙を輪に吹きながら八五郎の持つて來るニユースを、心待ちに待つやうになつてゐたのです。
「へツ、こいつを聽いて驚かなかつたら、親分の前だが、あつしは十手捕繩を返上して――」
「どつこい、皆まで言ふな、――番太の株を賣つて、煮賣屋のお勘子を口説くんだらう」
「叶はねエなア、――兎も角、行つて見て下さいよ。ピカピカするやうな良い娘が、錠のおりた藏の中で、虫のやうに殺されてゐるんだ。世の中にはもつたいないことをする獸物もあつたものですね」
「場所はどこだ」
「下谷の山崎町二丁目の呉服屋池田屋萬兵衞の家ですよ」
「場所が惡いな」
「三輪の萬七親分が、お神樂の清吉をつれて來て、嫌がらせな調べを始めたんで、池田屋の旦那が、お願ひだから錢形の親分をつれて來てくれ。あの樣子ぢや三輪の親分は、店中の者を數珠繋ぎにしさうだつて、顫へ上つてゐますよ」
「まさか、そんな事もあるめえ」
平次は氣が進まない樣子ながら、八五郎にせがまれて、たうとう出かける氣になりました。
「池田屋といふのは、お山の御用を勤めてゐる、分限者ぢやないか」
道々事件の輪廓を、八五郎に説明させるのです。
「寛永寺御出入りの呉服屋ですよ。主人の萬兵衞は五十過ぎの有徳人で、腰折れの一つも捻る仁體ですが、殺されたのは主人の姪で、娘のやうに育てられたお喜代といふ十九の厄。滅法良い娘ですぜ、もつたいない」
「若くて綺麗な娘が死んだのを、無性にもつたいながるのは、八の前だが物欲しさうで變だよ。同じことでも、可哀想とか何んとか、言ひやうがあるだらう」