一
錢形平次は久し振りに田舍祭を見物に出かけました。
調布街道を入つた狛江村、昔から高麗人の裔が傳へた、秋祭の傅統がその頃まで殘つて居て、江戸では見られぬ異國的な盛大さが觀物だつたのです。
宿は北見の三五郎、義理堅い良い目明しでした。この邊は伊奈半左衞門の支配で、江戸の眞ん中と違つて、事件は少ないやうです。が、人間と人間の關係がうるさいので、實際斯う言つた顏の良い親分衆でないと、十手捕繩を預つての、キビキビした活動はむづかしかつたのです。
それは兎も角、平次が着いたのは祭の前日の晝過ぎ。
「まア/\一つ、お濕りをくれてから、宵宮へ繰り出さうぢやないか」
と、三五郎は呑ませる工夫ばかり、尤も、北見の三五郎、中年者の強かな男ですが、平次には江戸で恩になつたことがあり、折角呼んだのだから、存分に御馳走もして、自分の近頃の威勢も見せてやり度かつたのでせう。
× × ×
五里近い道を歩いて來て、すつかりくたびれたところへ、強ひるほどに呑むほどに、夕方はもう、すつかり虎になつた八五郎は、宵宮の村が賑やかになる頃は、ぐつすり寢込んでしまつて、呼んでも叩いても起きることではありません。
「放つて置かうよ。鼻から提灯を出して居るところを見ると、お祭の夢を見て居るに違げえねえ」
平次は三五郎とその子分達を促して、宵宮の太鼓の音のする方に出かけました。
それから二た刻あまり、八五郎は漸く目が覺めました。滅法喉が渇きます。手でも叩かうと思ひましたが、この部屋は母屋から離れて居て、それも少し氣の毒、水差しくらゐは來てゐさうなものと、鎌首をもたげてそつと見廻すと、
「おや?」
窓の半分を明るくした、秋の夜の月明り、芒の中にしよんぼり女の立つて居るのが、影繪のやうに鮮やかに障子に映つて居るのです。
「江戸の親分樣」
か細い聲が呼びます。影法師が搖れると、鬢の毛がサラサラと風にほつれて、凄いほど華奢な手が、生垣の杭にもたれるのです。
「俺に用事かえ、脅かしちやいけないぜ」