一
「へツへツ、へツへツ、隨分間拔けな話ぢやありませんか」
ガラツ八の八五郎が、たがが外れたやうに笑ひながら、明神下の平次の家に笑ひ込むのです。
世間はまだ松が取れたばかり、屠蘇の香りがプンプンとして居やうといふ時ですから、笑ひながら來る分には、腹も立ちませんが、それにしても、かう不遠慮にやられては、御近所の衆が膽をつぶします。
「八の野郎がまた、ゲラゲラ笑ひながら舞ひ込んで來たやうだ。火鉢の中へ唐辛子でも燻して置け」
平次は苦々しく舌打をしますが、實は久しく顏を見せなかつた八五郎を、心の中では待ち焦れてゐたのです。
「それには及びませんよ。――可笑しいの可笑しくねえの――つて、へツへツ」
「呆れた野郎だ。挨拶もせずに、笑つてやがる」
「相濟みません。尤も、元日早々御年始には來た筈で」
「挨拶は年に一度で濟む氣で居やがる。――何がそんなに可笑しいんだ。俺はもう、腹が立つて、腹が立つてたまらねえが」
「まだ正月だといふのに、何をそんなに腹を立てるんです。あつしはもう、面白くて可笑しくて」
「俺はまた癪にさはることばかりだよ。暮に拂へなかつた店賃を、三つまとめて大家のところへ持つて行くと、苦しいのはわかつてゐるから、そんな無理をするには及ばない、改めて盆にでも貰ふからと、そつくり返して來たぢやないか」
「へエ、それで腹が立つんですか、親分は」
「人を見くびるにも程があるよ。一人で腹を立てて居るところへ、八丁堀の笹野樣から、今年の正月は役向きの方が忙しくて、呼んで呑ませる折もなかつたから――と、屆けて下すつたのは、三升」
「へエ」
「縮尻つてばかり居る俺が、この酒が呑めるか呑めねえか考へて見ろ」
「そんなに癪にさはる酒なら、あつしが身代りに頂きますよ。三升もあると、ちよいと良いおしめりになりますね」
「舌嘗めずりをして居やがる。――その上あれを聽かないか、九月十五日の神田祭を待ち兼ねて、金があつて、暇で/\仕樣のない旦那衆が、界隈の若いのをおだてて、妻戀稻荷の後ろの大野屋を借り受け、初午の日に世直しの稻荷祭りの大騷ぎをやらかさうといふ企みだ」
「惡くねえ話ぢやありませんか。その話なら、あつしも掛り合ひがあるが」