TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「へツ、へツ、へツ、親分」

ある朝、八五郎が箍の外れた桶見たいに、笑ひながら飛び込んで來ました。九月もやがて晦日近く、菊に、紅葉に、江戸はまことに良い陽氣です。

「挨拶も拔きに、人の家へ笑ひ込む奴もねえものだ。少しは頬桁の紐を引締めろよ、馬鹿々々しい」

平次は、精一杯に不機嫌な顏を見せながらも、實はこの二三日、八五郎を待ち構へて居たのです。八が來てくれないと、良いニユースも入らず、平次の活動もきつかけがなくて、手につかない樣に、その心持は、連れ添ふ戀女房のお靜には、わかり過ぎるほど、よくわかつて居ります。試しに、あの佛頂面を、ちよいと突いてやつたら、顏の造作を崩して、笑ひ出すに違ひありません。

「でも、こいつは、親分だつて笑ひますよ。あつしが三日も來なかつたわけ、見當はつきますか、親分」

「いやにニヤニヤして、笑ひの止まないところを見ると、新色でも出來たか。――人の戀路を邪魔する氣はねえが、お前のお膝もとの土手に陣を敷いてるのは止せよ。鼻を取拂はれたひにや、好い男の恰好が付かねえ」

「そんな、氣障な話ぢやありませんよ。あつしはこの三日の間、金掘りに夢中だつたんで」

「ハテね、江戸の眞ん中で金掘りが始まつたのかえ」

「親分は、あれを聽かなかつたんで? 大膳坊覺方の話を」

「そんな坊主は知らねえな」

「へエ、呑氣ですね。この邊も名題の神田御臺所町で、由緒のあるところだ。大膳坊に頼んで觀て貰つちやどうです。相馬の御所から持ち運んで來た、平將門の軍用金が埋めてないとは限りませんぜ」

「脅かすなよ。――うんと金が出來て、岡つ引を止してしまつたら、俺はこの世の中が退屈で、首を縊り度くなるかも知れない」

「へエ、そんなものですかね。――兎も角も近頃は麹町から、四ツ谷、赤坂へかけて、金掘り騷ぎで大變ですよ。行つて見ませんか」

「御免蒙らうよ。眼の毒だ」

「親分は慾がなさ過ぎる。――斯う言ふわけですよ」

その頃の江戸の地下には、何萬兩とも知れぬ硬貨――わけても、錆びも變質もしない、小判や小粒が埋まつて居るに違ひないといふことは、誰でも考へて居る、一つの常識だつたのです。

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