一
八五郎は斯う言つた具合に、江戸の町々から、あらゆる噂話を掻き集めるのでした。その噂のうちには、極めて稀に、面白い局面を展開するものがあり、中にはまた驚天動地的な大椿事の端緒になるのもないではありませんが、十中八九は、――いや九十何パーセントまでは、愚にもつかぬ市井の雜事で、不精者の錢形平次が、腰を上げるほどの事件は、滅多にはなかつたのです。
この話も、最初は隨分馬鹿々々しいものでした。子供の惡戲か、町内の若い衆のからかひか、どうせたいしたことではあるまいと多寡をくゝつてゐると、それが思ひも寄らぬ事件に發展して、正月半ばを過ぎたばかりの、屠蘇の醉もさめやらぬ平次に、飛んだ一と汗をかゝせることになつたのです。
「馬鹿々々しいぢやありませんか、親分」
八五郎が揉手をしながら入つて來たのは、この季節にしては生暖かい、曇り日のある朝でした。
「何が馬鹿々々しいんだ、朝つぱらから」
平次も朝飯が濟んだばかり、長火鉢の前に御輿を据ゑて、心靜かに煙草にしてゐたのです。
「佐久間町の丹波屋忠左衞門――親分も御存じでせう」
「知つてるとも、評判の良い人ぢやないか、――尤も近頃は隱居をして、お詣りや施しにばかり凝つてゐるといふことだが」
「結構な身分で、その佐久間町の丹波屋から急の使ひで行つて見ると、馬鹿々々しいぢやありませんか、隱居部屋の外――塀越しの松の大枝に、船具に使ふ太綱で、人間の着物を着せた、でつかい澤庵石がブラ下がつてゐるとしたら、どんなものです」
「澤庵石の首縊りか、そいつは變つてゐるな」
平次はたいして驚く色もありません。
「あつしも睡いところを叩き起されて、それを見せられましたが、澤庵石の首吊りを檢屍したのは、ケイ闢以來だから、そのまゝ歸らうとすると、丹波屋の隱居はひどく口惜しがつて、――私は人に怨みを受ける覺えはない、あんまり惡戲が過ぎるから、錢形の親分に是非見て頂き度い――と言ふんで」
「澤庵石の首縊りの檢屍は、俺もいやだよ。氣の毒だが、そいつは宜いあんべえに斷わつてくれ」