TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分の前だが、江戸といふところは、面白いところですね」

松もまだ取れないのに、ガラツ八の八五郎はもう、江戸の新聞種を仕入れて來た樣子です。長んがい顎を撫で廻して、小鼻をふくらませて、滿面の得意が、鼻の先にブラ下がつてゐる樣子でした。

「面白いに違げえねえな、お互ひに江戸に生れて江戸に住んで、大した退屈もせずに、また年を一つ取つたぢやないか」

錢形平次は、近頃、暇で/\仕樣がなかつたのです。勝負事は大嫌ひ。細工や片付け事は生れながら不器用で、御上の御用のない日は、小原庄助さん見たいに朝湯に入つて、酒の代りに番茶を呑んで、氣の減るほど煙草ばかり吸つてゐるのでした。

たまには黄表紙を出したり、八五郎とヘボ碁も鬪はせますが、何べんも何べんも讀んだ黄表紙が、夢中になるほど面白い筈はなく、八五郎と一局圍んでも、申分なく人間の甘い八五郎に、三番立て投げなどを喰はされては、親分の平次の沽券に拘はるだけのことです。

女房のお靜も、取つて二十三になつた筈ですが、相變らず若々しくて健康で、一日一杯目立たないやうに、靜かに働いてをります。神田明神下の家庭は、靜謐そのものですが、八五郎が時々やつて來ては、頓狂な調子で事件の匂ひを持込み、錢形平次を、靜から動に、隱者のやうな生活から、大波瀾大活躍の舞臺へと誘ひ込むのです。

「第一、元日から大晦日まで、お祭や催し事のない日はなく、何處かに火事があつて、何處かで喧嘩が始まつて」

「物騷なことを面白がるぢやないか」

「その上、女の子が綺麗で料理がうまい、氣に入らないのは、いつでもこちとらの懷中がピイピイだ」

「落がきまつてゐる。――話は、それつきりか」

「今のは枕を振つただけで、話はこれから始まるんですよ」

「フーム」

「山谷の聖天樣、――むづかしく言へば歡喜天樣、――降魔招福、歡喜自在の御利益があるといふ、大した佛樣だ」

八五郎の話には、珍らしく筋がありさうです。

「それが?」

「江戸の喉首、吉原への通ひ路、山谷堀へ緒牙船で入らうといふ左手に鎭座まします、江戸城から見るとこれが鬼門に當る」

「そんなことはどうでも宜い」

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