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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約24,800字 ・ 読了時間 約50分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の町で、美貌で知られる江島屋の一人娘お艶に魅せられた男たちが次々と恋煩いを起こし、奇妙な騒動が巻き起こる。そんな折、無宿者の薊の三之助が変死する事件が発生する。錢形平次は、お艶に寄せる歪んだ情愛と嫉妬が複雑に絡み合った人間模様を解き明かし、連続する不穏な事件の真相に迫っていく。

野村胡堂

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一

「親分は、戀の病ひといふのをやつたことがありますか」

ガラツ八の八五郎は、たいして極りを惡がりもせずに、人樣にこんなことを訊く人間だつたのです。

素晴らしい秋日和、夏の行事は一とわたり濟んで、行樂好きの江戸つ子達は、後の月と、秋祭と、そして早手廻しに紅葉見物のことを考へてゐる時分のことでした。

相變らず椽側に腹ん這ひになつて、不精煙草の煙の行方を眺めてゐた平次は、膽をつぶして起き直りました。いかに親分子分の間柄でも、こんな途方もない問ひを浴びせられたことはありません。

「あるとも、風邪を引くと、ツイ咽喉を惡くするが――」

何んといふ平次のさり氣なさ――

「その聲ぢやありませんよ。戀患ひの戀で、小唄の文句にもあるぢやありませんか」

「馬鹿野郎ツ」

「へツ」

「耻を掻かせまいと思つて、よい加減にあしらつて置くのに、なんて言ひ草だ。俺は戀患ひをする柄か柄でないか、考へて見ろ」

「へエ、さうですかね、――あつしのやうな呑氣な人間でさへ、思ひ詰めると、鼻風邪を引いたくらゐの心持になるんだが」

「呆れた野郎だ。おまえのやうな人間でも、戀患ひ見てえなことをやるかえ」

「たんとはやりませんね、精々月に一度か二度」

「間が拔けて挨拶も出來やしない。月に三度も戀患ひが出來るかよ、馬鹿々々しい――見ろ、お靜は到頭たまらなくなつて、腹を抱へてお勝手口へ飛び出したぢやないか」

この掛け合ひの馬鹿々々しさは、まさに女房のお靜を井戸端まで退散させてしまつたのです。

「ところが、その戀の病ひで、死にかけてゐる人間が、あつしの知つてゐるだけでも、五人はあるんだからたいしたものでせう」

八五郎はおめず臆せず話を續けるのです。

「なるほど、世の中は廣いな」

「ね、驚くでせう」

「あとの四人は何處の誰だえ」

「四人ぢやない五人ですよ」

「そのうちの一人は八五郎だらう」

「冗談ぢやありませんよ、あつしなんかの相手になるものですか、高嶺の花で――」

「大層むづかしいことを知つてゐるんだな」

「これも小唄の文句で」

平次と八五郎の掛け合ひは、危ふく脱線しさうになりながらも、巧みに筋を通して行くのです。

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