TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分は、戀の病ひといふのをやつたことがありますか」

ガラツ八の八五郎は、たいして極りを惡がりもせずに、人樣にこんなことを訊く人間だつたのです。

素晴らしい秋日和、夏の行事は一とわたり濟んで、行樂好きの江戸つ子達は、後の月と、秋祭と、そして早手廻しに紅葉見物のことを考へてゐる時分のことでした。

相變らず椽側に腹ん這ひになつて、不精煙草の煙の行方を眺めてゐた平次は、膽をつぶして起き直りました。いかに親分子分の間柄でも、こんな途方もない問ひを浴びせられたことはありません。

「あるとも、風邪を引くと、ツイ咽喉を惡くするが――」

何んといふ平次のさり氣なさ――

「その聲ぢやありませんよ。戀患ひの戀で、小唄の文句にもあるぢやありませんか」

「馬鹿野郎ツ」

「へツ」

「耻を掻かせまいと思つて、よい加減にあしらつて置くのに、なんて言ひ草だ。俺は戀患ひをする柄か柄でないか、考へて見ろ」

「へエ、さうですかね、――あつしのやうな呑氣な人間でさへ、思ひ詰めると、鼻風邪を引いたくらゐの心持になるんだが」

「呆れた野郎だ。おまえのやうな人間でも、戀患ひ見てえなことをやるかえ」

「たんとはやりませんね、精々月に一度か二度」

「間が拔けて挨拶も出來やしない。月に三度も戀患ひが出來るかよ、馬鹿々々しい――見ろ、お靜は到頭たまらなくなつて、腹を抱へてお勝手口へ飛び出したぢやないか」

この掛け合ひの馬鹿々々しさは、まさに女房のお靜を井戸端まで退散させてしまつたのです。

「ところが、その戀の病ひで、死にかけてゐる人間が、あつしの知つてゐるだけでも、五人はあるんだからたいしたものでせう」

八五郎はおめず臆せず話を續けるのです。

「なるほど、世の中は廣いな」

「ね、驚くでせう」

「あとの四人は何處の誰だえ」

「四人ぢやない五人ですよ」

「そのうちの一人は八五郎だらう」

「冗談ぢやありませんよ、あつしなんかの相手になるものですか、高嶺の花で――」

「大層むづかしいことを知つてゐるんだな」

「これも小唄の文句で」

平次と八五郎の掛け合ひは、危ふく脱線しさうになりながらも、巧みに筋を通して行くのです。

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