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TORENDIA

忠僕

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

山あいの温泉宿を継いだ嘉吉は、誰に対しても分け隔てなく接するお人好しな主人である。先代からの雇人である久助は、そんな主人が親族に金銭を無心される様子を苦々しく見ていた。ある日、給金を盗んだ久助に対し、主人は怒るどころか深い信頼を寄せて大金を託し、銀行への預け入れという大役を任せる。久助はあえてその金を手に東京へ向かう列車に乗り、自身の裏切りを通じて主人が人を信じることの愚かさに気づくことを願う。

池谷信三郎

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🎧 忠僕 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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嘉吉は山の温泉宿の主人だった。この土地では一番の物持で、山や畑の広い地所を持っていた。山には孟宗の竹林が茂り、きのこ畑にきのこが沢山とれた。季節になると筍や竹材を積んだトラックが、街道に砂埃をあげ乍ら、七里の道を三島の町へ通って行った。

嘉吉はまだ三十をちょっと越したばかりの若い男だった。親父が死んだので、東京の或る私立大学を止めて、この村へ帰って来た。

別段にする事もなく、老人を集めては、一日、碁を打っていた。余っ程閑暇の時は、東京で病みついたトルストイの本を読んでいた。それから時々は、ぶらぶらと、近くにある世古の滝の霊場に浸かり旁々山や畠を見まわった。

嘉吉は人が好くて、大まかで、いつもにこにことしていた。小作人が、時折、畠の山葵をとって、沼津あたりからやって来る行商人に、そっと売ったりしても、めったに怒ったりすることはなかった。だから、しまりやの先代よりはずっと下の気受けがよく、雇人達は皆んなよく働いた。その度に何かと賞めてやるので、皆んなどうかして、この主人に対して忠僕となろうと心掛けていた。

ただ、久助だけは、ちっとばかり、度が過ぎやしめえか、と心配していた。久助はもう五十に手がとどく、先代からの雇人だった。

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先代の在世中には殆んど縁切り同様だった先代の弟、今の嘉吉には叔父に当る男が、この頃はちょくちょくと、沼津から顔を出した。その度に久助は苦い顔をした。

その男は、来るときまって、嘉吉さんや、と甘ったるい声を出しては、幾ばくの金を借りて行った。今度沼津へ草競馬を始めようかと思ってな、そりゃお前、ど偉い儲けだ。それでその少しばかり、運動の資金が要るんじゃが、どうだろう、え? と云われると、嘉吉はいつものように人の好い顔を崩して、そりゃ良さそうですな。そして三島の銀行の小切手を書いてやるのだった。

叔父は沼津の芸者を落籍いて、又三月程経った、乗合に乗ってぽかぽかと、この山の宿へやって来た。

ブリキの鑵へ印刷する工場を作りたいのじゃがどうだろう、え? 嘉吉さん、……

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