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TORENDIA

橋

本文約17,900字 ・ 読了時間 約36分

あらすじ(AIが作成しました)

雪解けの夕暮れ、都会の靄の中に浮かぶ果物屋の店先で、男はシイカと名乗る女と密かに逢瀬を重ねている。二人の間には町の外れに橋があり、女はそこから先へ男を連れ行こうとはしない。継母との関係や強制される結婚に悩むシイカと、彼女の正体を探ろうとする男の、都会の霧と孤独に包まれた関係を描く。

池谷信三郎

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人と別れた瞳のように、水を含んだ灰色の空を、大きく環を描きながら、伝書鳩の群が新聞社の上空を散歩していた。煙が低く空を這って、生活の流れの上に溶けていた。

黄昏が街の灯火に光りを添えながら、露路の末まで浸みて行った。

雪解けの日の夕暮。――都会は靄の底に沈み、高い建物の輪郭が空の中に消えたころ、上層の窓にともされた灯が、霧の夜の灯台のように瞬いていた。

果物屋の店の中は一面に曇った硝子の壁にとり囲まれ、彼が毛糸の襟巻の端で、何んの気なしにSと大きく頭文字を拭きとったら、ひょっこり靄の中から蜜柑とポンカンが現われた。女の笑顔が蜜柑の後ろで拗ねていた。彼が硝子の戸を押してはいって行くと、女はつんとして、ナプキンの紙で拵えた人形に燐寸の火をつけていた。人形は燃えながら、灰皿の中に崩れ落ちて行った。燐寸の箱が粉々に卓子の上に散らかっていた。

――遅かった。

――……

――どうかしたの?

――……

――クリイムがついていますよ、口の廻りに。

――そう?

――僕は窓を見ていると、あれが人間の感情を浪漫的にする麗しい象徴だと思うのです。

――そう?

――今も人のうようよと吐きだされる会社の門を、僕もその一人となって吐きだされてきたのです。無数の後姿が、僕の前をどんどん追い越して、重なり合って、妙に淋しい背中の形を僕の瞳に残しながら、皆んなすいすいと消えて行くのです。街はひどい霧でね、その中にけたたましい電車の鈴です自動車の頭灯です。光りが廻ると、その輪の中にうようよと音もなく蠢く、ちょうど海の底の魚群のように、人、人、人、人、……僕が眼を上げると、ほら、あすこのデパアトメントストオアね、もう店を閉じて灯火は消えているのです。建物の輪廓が靄の中に溶けこんで、まるで空との境が解らないのです。すると、ぽつんと思いがけない高い所に、たった一つ、灯がはいっているのです。あすこの事務室で、きっと残務をとっている人々なのでしょう。僕は、……

――まあ、お饒舌りね、あんたは。どうかしてるんじゃない、今日?

――どうしてです。

――だって、だって眼にいっぱい涙をためて。

――霧ですよ。霧が睫毛にたまったのです。

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