TRENDIA CLASSIC

奇談クラブ〔戦後版〕

野村胡堂

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プロローグ

それは四回目の奇談クラブの席上でした。

その日の話し手桜井作楽は、近頃では珍らしい和服姿――しかも十徳を着て頤を生やした、異様な風体で、いとも悠揚と演壇に起ったのです。

真珠色の光の中に、二十四人の会員と、その半数ほどの臨時会員は、美しき会長吉井明子夫人を中心に、期待に張り切って、この一風変った話し手を見詰めて居ります。

「さて皆様、私の話は、自由自在に歓楽の夢が見られるという、世にも不思議な枕の物語でございます」

壇上の桜井作楽は山羊をしごき乍ら、こう語り始めました。

「――斯う申し上げたら、何を馬鹿なと皆様ははなっから笑われるかも知れませんが、私は決して出鱈目を申すのではございません。皆様のうちでも御年配の方は、明治の中頃まで、日本橋の照降町に、桜井屋という、枕を専門に商う不思議な店のあったことをご存じかと思います。――何を隠しましょう、私桜井作楽は、その桜井屋の血統の者で、枕を商う稼業は廃しましたが、家に伝わる旧記の中から、この奇怪至極な話を見付け出しましたので、幹事今八郎さんにお願いして、皆様に御披露する次第でございます」

桜井作楽の枕の前説はまだ続きます。

「或種の枕をしたために、思いのままに歓楽の夢が見られるということは、単なる想像にしても、なにか斯う胸をおどらせる想像ではございませんか。この世智辛い世に生きて行くためには、それ位の馬鹿馬鹿しい想像の世界があった方がよろしい。そのために私共の生活は、どんなに楽しく、そして弾力的なものにをるかわからないのです。

――現に中華民国の伝説の中には、御存じの通り盧生の夢という話があります。盧生が邯鄲というところで仙翁から枕を借りて仮寝すると、黄梁の飯の出来上るまでに五十年の栄華の夢を見たという話でございます。

これは『枕中記』という唐代の小説にある物語ですが、仙翁は回教の暗示だと申すことで、この思想は儒教や仏教から来たものでなく、中央亜細亜の荒漠たる風土の中に育ったものらしく思われるのであります。

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