奇談クラブ〔戦後版〕
本文約11,900字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
彫刻家・和久井献作が語る、明治期の廃仏毀釈の嵐の中で繰り広げられた物語。かつて旗本の若様であった南郷綾麿は、亡き母の面影を重ねる名仏師・天狗長兵衛の観音像に魅せられ、その美しさに深く傾倒する。時代が激変し、多くの仏像が破棄される運命に直面する中、綾麿は私財を投じて一体の観音像を救い出し、自らの愛する女性と共に、その仏像の前でささやかな婚礼を挙げる。芸術への情熱と人間の営みが交錯する姿を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
プロローグ
奇談クラブその夜の話し手は、彫刻家の和久井献作でした。この人は日本の木彫に一新生面を開いた人ですが、旧い彫刻家達の持っている技巧を征服した上、一時はシュールレアリズムの運動にまで突き進み、一作毎にジャーナリズムの問題を捲き起して居ります。
「私のお話は、まことに他愛のないことですが、若い頃聴いた話を綴り合せて、仏像に恋をした話を纏め上げて見たいと思います。仏像に恋をするというと、ひどく冒涜的に聞えますが、必ずしもそう鯱鉾張ってお叱りになるほどの事では無いと思います。現に戒律のやかましい僧院で、天使の像に恋をしたという例もあり、私の友人のBという男は、勿体なくも中宮寺の国宝如意輪観音に恋をしたことさえあるのです。あの観音様は童子の御姿だとも言い、或は弥勒菩薩だとも伝えますが、美しいという点では、血の通っている十六歳の美人でも及びません。有名な与謝野晶子の大仏の歌にも、恋心が無いとは誰が言い切れるでしょう。思うて此処に至れば、古今仏像を恋した例の、必ずしも少くないことがおわかりだろうと思います」
事務家のような風采をした中年男の和久井献作は、彼自身の作品によく出てくる、刻みの深い特色的な唇に物優しい微笑を湛え、クリクリとした子供らしい瞳を輝かしながら、こう語り進むのです。
一
話は、今から七十幾年前、明治九年の真夏に遡ります。――此の席には御存じの方も無いでしょうが、その頃まで、本所の五つ目に有名な蠑螺堂という羅漢寺がございました。初代広重の名所絵にも残って居りますが、その頃の五つ目は殆んど郊外で、田圃の中に建って居る螺線形のお寺は、なかなかに面白い恰好をして居ります。