プロローグ
その夜の話し手遠藤盛近は、山羊の萎びた中老人で、羊羹色になった背広の、カフスから飛出すシャツを気にし乍ら、老眼鏡の玉を五分間に一度位ずつの割りで拭き拭き、見掛けに依らぬ良いバリトンで、こう話し始めました。
「私の話はさしたる奇談ではありませんが、旧式の道徳観からすれば少しく途方も無いのです。旧い秩序と常識を尊ぶ方々からは、甚だ喜ばれないかも知れず、これだけの資料はあり乍ら、旧制度の日本では、発表の出来なかった筋で、よい歳をした私が、壇の上に立って申上げるのは、聊か照臭い話ではありますが――批判は皆様にお任せするとして、兎にも角にも御披露申上げたいと思うのであります」
訥々たる調子ですが、思いの外の雄弁で、妙に聴く者の好奇心を焦立たせます。
「山の中から妖精のような美人を獲た話、――外国の伝説にはよくある筋ですね。仏蘭西近代音楽の巨匠ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリサンド』などはその代表的なもので、メリサンドの妖しい美しさは、ドビュッシーの素晴らしい音楽――モネーの絵のような音楽を通して、私共をすっかりやるせない心持にしてしまいます」
一
話は最初から脱線してしまいましたが、時は宝暦七年の初秋、――今から百九十年も前のことですが、濃州郡上の郷八幡城三万八千八百石の城主、金森兵部少輔頼錦の御嫡、同じく出雲守頼門後に頼元が、ほんの五六人の家臣を召連れて、烏帽子岳に狩を催した時、思わぬ手違いから家来共と別れ、たった一人、烏帽子岳の深林地帯深く迷い込んでしまったことがありました。
この時頼門は二十九歳、絵に描いたような良い男であったということであります。微行とは言っても、三万八千石の大名の御曹司で出雲守と任官している位ですから、裏金の陣笠、地味ではあるが緞子の野袴、金銀の飾目立たぬほどにこしらえた両刀など、さすがに尋常ならぬものがあります。
時刻はもう夕刻近かったでしょう、毘沙門岳の方は夕映に染って、烏はもう塒に帰りますが、一度失った道は容易のことでは見付かりません。