名人大六雲鼎 「人形の首を梟した、――という話、気味は悪いが、充分に面白い積りです」
第六番目に立った話の選手大滝左馬太は、奇談クラブの談話室で、斯う話し始めました。
「これも今の世の事ではありません。天保十一年の晩春、十一代将軍家斉の治下で、江戸の風物は熟れた果物のように、甘酢ぱく頽廃し切った時のこと、私の為には流祖、人形師としては、古今の名人と言われた松本鯛六――一名大六雲鼎は、鑿一挺で大変なものを拵えてしまったのです。これはとても小説になるような話ではありませんが、その代り事実は小説よりも奇なりで、こんな馬鹿馬鹿しい話は、小説家の頭ではとても考え出されません。名人大六雲鼎や、華魁小紫の霊を慰める為に、是非聴いてやって下さい」
大滝左馬太は斯んな調子で始めて行きます。
持ち込んだ華魁人形
「親分」
「何んだ、八」
「人形を見て下さいって男が来ましたぜ」
「何?」
柳原の顔役、左衛門の長次は拱いた腕を解いて、その分別臭い顔を挙げました。
「両国の活人形に一枚差し加えて下さるまいかてんでさ、恐ろしく丁寧な口をききますが、お貰いのような野郎ですぜ、免倒臭かったら断ってしまいましょうか」
お先っ走りの八、――木戸番と使い走りをやって居る塩辛声の八は、親分の渋い顔を見ると、縁側からこんな呑み込んだ事を言います。
「待て待て誰が免倒臭えなんて言った」
「ヘエ――」
「どうせ、素人衆のももんがあ見てえな細工だろうが、兎に角一応見て上げよう。長次が拝見いたしますって、丁寧に通すんだぞ」
「ヘエ――」
両国に見世物小屋を持って居る長次の許へは、時々飛んでもないものが舞い込みますから、もとより大抵の事では驚きません。やがて八に案内されて来たのは、未だ若い立派な男ですが、尾羽打ち枯らして見る影もない風体、三尺四方ほどに、高さ六尺にも余る素木の箱を、二、三人の子分の者に運ばせて、恐る恐る縁側からにじり込みます。
「御免下さい、私は彫物師の松本鯛六と申す者、唯今は無理な願いを早速お聴き届け下すって有難う御座います」