TRENDIA CLASSIC

新奇談クラブ

野村胡堂

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朗らかなローマンス 「皆様のお話は、面白いには相違ありませんが、少し陰惨過ぎて、胃の腑の為には宜しくなかったように思います。其処へ行くと私の話は明るくて、朗らかで、お伽話のように浪曼的ですが、決して小説や作り話ではありません。悉く今八郎さんの仰しゃる、切れば血の出るような事実談です。私が経験したことを私が話すのですから、これほど確かなことはありません」

第七番目の話の選手水島三吾は斯う言った調子で始めました。仙波興業株式会社の若い取締役で、利け者と評判を取った男ですが、打ち見たところは、思想家などによくある、少しばかり皮肉な感じのする、聰明そうな好い男です。

法学士の私が乞食に堕ちた

驚いてはいけません。

この私――水島三吾――が、身を持ち崩して、一度乞食の仲間に入って居たことがあります。

大学を出たのは二十四の春、職業が無くてブラブラして居るうちに、続け様に両親に死なれたのですから、お小遣だけを潤沢に持った私が、何んな事になったか、お察し下さることは容易でしょう。

泥棒と詐欺をやらないだけ、あらゆる出鱈目と放蕩を仕尽した私は、三年経たないうちに、財産ばかりでなく、名誉も信用も、自尊心も人格も、何も彼も綺麗に失くしてしまったのも無理のない事でした。

親類も友達も、そうなってはもう寄り付くこってはありません。私自身もまた、そんな薄情な存在は、何んの未練もなく振り捨てて、ロビンソン・クルーソーのように一本立になってしまいました。

金は一文も無く、信用も友人も職業も無いとなると、私の行く道は極って居ります。さらぬだに懐疑的な私の頭脳は、その頃すっかり捨鉢になって、パンを得る為の、最後の努力を払うのさえ面倒臭くなってしまったのですから、私の落ちて行く道は、乞食より外にはありません。

法学士水島三吾は、斯うして金看板の物貰いになり下ってしまいました。しかも、それを愧じ憂いでもする事か、当時は日本一の大英断のように、誇らしい気持にさえなって、偶々途で腰弁になり済して居る学友などに遇うと、わざと覚れよがしに、その男の前へ、文字通り蓬髪垢面の私の顔を突き出してやったりしたものでした。

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