TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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銭形平次の見ている前で、人間が一人殺されたのです。それをどうすることも出来なかった平次、この時ばかりは、十手捕縄を返上して、番太の株でも買おうかと思った事件、詳しく話せば、こうでした。

「親分、今年の花見は町内に忌引や取込みがあって、ろくな工夫もなかったが、その代り川開きの晩は、涼み船を出して、大川を芸尽しで漕ぎ廻そうという寸法さ。お役目を抜きにして、その晩は一と肌脱いじゃあ貰えませんか」

浜田屋の隠居が口を切りました。集まったのは、町内でお祭騒ぎの好きなのが十五六人。その席へわざわざ平次を呼んだのは、大概のことは大目に見て貰い、話の都合では、何か一と役受けさせようという魂胆だったのです。

浜田屋喜平というのは、町内の紙屋の隠居で、気儘に遊びたいばかりに、婿の儀八に身上を譲ったという変り者。五十歳の、恐ろしく気の若い小意気な男でした。

「それは結構だが、――私ではお燗番の足しにもなりませんよ」

平次は尻ごみしました。芸達者の中へ立交って、ニタニタして暮す半宵は、あまり楽な付合ではなかったのです。

「でも、親分が居なさると若い者も何となく気が緊っていい。迷惑でしょうが、町内付合だと思って涼み船の人数に入って下さい」

「それはもう、喜平さん」

平次は嫌とも言えません。

それから酒が始まって、趣向が一とわたり凝らされると、日が暮れる頃から一人二人と帰って、酉刻(六時)過ぎまで隠居所に残ったのは、たった六人だけでした。

涼みの相談などは、一向気が乗らなかったので、平次は何べんか帰ろうとしましたが、隠居の喜平は折入って智恵を借りたいことがあるから、皆んなの帰った後まで残るように――と再三頼み込むので逃げも隠れもならず、ほろ苦い杯を嘗めております。

「喜平さん。今度は腰が痛いの、筋がつるのとは言わせませんよ。船は大きいし、酒はふんだんに積込むし、三味線は申分がないし、踊って踊って、踊り抜いて貰いますよ」

小間物屋の主人――田原屋仁三郎はこんな事を言うのでした。これは四十七八、世帯の苦労はしておりますが、喜平に劣らぬ愛嬌者で、若い時分から無二の間柄です。

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