TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

1 / 17

「親分、笑っちゃいけませんよ」

「嫌な野郎だな、俺の面を見てニヤニヤしながら、いきなり笑っちゃいけねえ――とはどういうわけだ」

銭形平次とガラッ八の八五郎は、しばらく御用の合間を、こう暢気な心持で、間抜けな掛合噺のような事を言っているのが、何よりの骨休めだったのです。

「親分にお願いしてくれ――って言うんだが、化物退治じゃねえ」

「化物退治は洒落ているね。場所はどこだい」

「金沢町の升屋なんで」

「両替屋の升屋かい」

「そうですよ。――升屋のお内儀が、銭形の親分さんの御機嫌のいい時、そっとお願いしてみてくれ。詳しい事は、いずれお目に掛ってお話するけれど――って」

「馬鹿だなア。岡っ引に化物退治を頼む奴があるものか。――そんな口なら、岩見重太郎の方へ持って行くがいい」

銭形平次は、こんな事を言うのです。

「その岩見重太郎てぇのは、どこの岡っ引で?」

「ハッハッハッハ、こいつは秀逸だ。岩見重太郎が驚くぜ。岡っ引と間違えられちゃ」

「だって、あっしはまだ、岩見重太郎なんて野郎に逢ったこともありませんよ」

「そうだろうとも、俺も逢ったような気はしねえ」

「へッ、呆れたもんだ」

どこまで行っても話は軌道に乗りません。

「だがね八。升屋には一体どんな化物が出るんだ」

平次はようやく真面目になります。化物退治も暇なときには満更でないと思ったのでしょう。

「化物だか幽霊だか知りませんが、升屋では三月ほど前から変なものが出て、奉公人が居着かなくて困るそうですよ。主人の由兵衛も心配はしているが、商人に似合わぬ確り者で、こんな事が世間へ知れちゃ、商売にも障るだろうし、神田草分けと言われる升屋の暖簾にも関わるから、なるべく人に聞かせたくねえ――とこう言うんだそうで」

「なるほど。升屋の主人の言いそうな事だ」

「――たぶん狸か狐の悪戯だろう。捕めえた者には褒美をやると言うんだそうで」

「フーム」

「ところが、その化物は、おそろしく人見知りをして、主人夫婦と一番番頭の金蔵が寝泊りをしている、奥の離室へは出るが、多勢の奉公人の居る、店の方へは気振りも見せないんだそうですよ」

「贅沢な化物じゃないか」

野村胡堂の他の作品