一
江戸名物の御用聞銭形の平次が、後にも前にもこんなひどい目に逢ったことがないという話。
「親分、変な強盗が流行るそうですね」
「それだよ、八、笹野の旦那にも呼び付けられて、さんざん油を絞られたんだが、十手捕縄を預かってから、俺はこんな馬鹿な目に逢ったことはねえ」
「笹野の旦那まで、親分が泥棒だとおっしゃるんですか、畜生ッ」
「これこれ何を言うんだ、――笹野の旦那はあの通り分った方だ。まさかこの平次が強盗をやろうと思っていらっしゃるわけじゃないが、なにぶん世間の噂がうるさい。早く捕まえて正体を見せるようにと――こういうお話だ」
平次が悄気返るのも無理はありません。一と月ばかり前から、江戸中を荒し廻る恐ろしい強盗、時には女もさらえば、人も害める兇悪無慙なのが、――銭形平次らしい――という噂が立ったのです。
別段、「俺は銭形平次――」と名乗るわけではありませんが、物腰から背恰好、声の調子、ちょいとした癖まで、妙に平次に似ているのと、時々平次でなければならない事をするので、噂が次第に根強い疑いになり、遂には長い間に築き上げた平次の人気と名声も、これが動機で一ぺんに叩き潰されてしまいそうにさえ見えるのでした。
「親分、引っ込んでいちゃ、世間の疑いが晴れっこはありません。縄張なんかにこだわらずに、荒した跡を一日見て廻ったらどんなものでしょう」
「なるほど、それも思い付きだろう。変な顔をされるのを覚悟で、一軒一軒虱潰しに当ってみるとしようか」
平次は早速その作戦に取りかかりました。一番最初に行ったのは神谷町の酒屋伊勢徳、この辺は柴井町の友次郎の縄張ですが、平次一期の浮沈に拘わることで、日頃仲の悪い友次郎の思惑などを考えちゃいられません。
「御免よ」
「あッ、銭形の親分さん」
番頭は真っ蒼になりました。不意に幽霊でも見たような心持だったのでしょう。
「私を知っていなさるのかえ」
「へえ――」
「強盗に入られた時の様子を詳しく聞きたいが」
平次はさり気ない顔で帳場格子の前に腰をおろしました。
「どうぞ、奥へお通り下さい、店じゃ――」
「商売に障るというのか、八、それじゃしばらくお邪魔をさして貰おうか」