銭形平次捕物控
本文約14,900字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
神田で按摩を営む多の市は、検校の位を得るため二十年かけて蓄えた九百九十両を盗まれる。娘のお浜から泣きつかれた銭形平次は、強欲な父親が溜め込んだ大金の行方と事件の真相を追う。平次は聞き込みを重ね、現場近くの材木置場で怪しい動きをする修験者の道尊坊に目を付ける。やがて材木の間から小判を隠した竹筒が見つかり、平次は事件の全容を解明する。多の市はその後、強情を捨て家族との絆を取り戻し、平次の機転により平穏な生活を送ることになる。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分」
「何だ、八」
「腕が鳴るね」
ガラッ八の八五郎は、小鼻をふくらませて、親分の銭形平次を仰ぎました。
初夏の陽を除け除け、とぐろを巻いた縁側から、これも所在なく吐月峰ばかり叩いている平次に、一とかど言い当てたつもりで声を掛けたのでした。
「腕の鳴る面かよ、馬鹿野郎、近頃お湿りがないから、喉が鳴るんだろう」
「違えねえ」
平掌で額をピシャリ。この二三日スランプに陥っている平次から、この痛快な馬鹿野郎を喰らわせられるのが、ガラッ八にはたまらない嬉しさの様子です。
「八、あれを聞くがいい」
「何ですえ、親分」
「誰か来たようだ、とんだ面白い仕事かも知れないよ」
「…………」
「家の前を往ったり来たりしているだろう。入ろうか入るまいか、先刻から迷っている様子だ、――女の跫音だね」
平次の言葉が終らぬうちに格子が開いて、お静が取次に出た様子、若い女の低いが弾み切った声が聞えます。やがて通されたのは、二十歳そこそこの愛くるしい娘、何やら悩みに打ちひしがれて、部屋の隅に小さく俯向きました。
色白の頬が少し痙攣して、豊かな肩が揺れると、恐る恐る顔をあげて、相対した江戸一番の御用聞――銭形平次の顔をソッと見上げるのです。
「俺は平次だが、どんな用事で来なすった。思い切って打明けてみるがいい」
平次はこの娘の裡から善良なものを感じました。
「親分さん、父さんを助けて下さい。父さんは頸を縊って死ぬんだといって、どうなだめても聞いてくれません」
「なるほど、それは大変だろう、――お前の父さんというのは何だえ、稼業は?」
平次は娘の昂奮を外らさないように、心持せき込んで訊ねます。
「灸点横町(神田佐久間町)の多の市でございます」
「あ、蛸市か。すると姐さんはお浜さんかい、道理で――」
縁側からガラッ八が長い顎を出します。
「黙って引っ込んでいろ、馬鹿野郎ッ」
平次の一喝を喰らって、ガラッ八は頭を叩かれた蝸牛のように引っ込みました。