銭形平次捕物控
本文約15,000字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の捕物名人・銭形平次は、神田で続発する酒屋専門の放火事件を追う。犯行は執拗かつ念入りで、三村屋では小僧が焼死する惨事となる。周囲には容疑をかけられた者が浮上するが、平次は現場の状況からある人物を疑い、鮮やかな推理で犯人を追い詰めていく。火事と放火が日常に潜む江戸の町で、平次が事件の真相と背後に隠された人間模様を紐解いていく捕物控。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分。お早うございます」
「火事場の帰りかえ。八」
「ヘエ――」
「竈の中から飛出したようだせ」
銭形平次――江戸開府以来と言われた捕物の名人――と、子分の逸足、ガラッ八で通る八五郎が、鎌倉河岸でハタと顔を合せました。まだ卯刻半(七時)過ぎ、火事場帰りの人足が漸く疎らになって、石垣の上は、白々と朝霜が残っている頃です。
「ところでどこへ行きなさるんで? 親分」
「三村屋も放火だってえじゃないか」
「ヘエ。それで実は、親分をお迎えに行くところでしたよ」
「酒屋ばかり選って、立て続けに三軒も焼くのは穏やかじゃないネ」
「どこの餡コロ餅屋だか知らないが、野暮な火悪戯をしたもので――」
「馬鹿だな。そんな事を言うと、餅屋に殴られるぜ」
「ヘエ――」
ガラッ八は埃と煙で汚れた、長い顎をしゃくって見せました。
今年になってから、ほんの半月ばかりの間に、神田中だけでも三ヶ所の放火があった――最初の一つは、正月八日の夜半過ぎ、浜町の大黒屋で、これは夜廻りが見つけてボヤですましたが、二度目のは、中四日おいて正月の十三日、外神田松永町の小熊屋で、これは、着のみ着のままで飛出したほどの丸焼け、三度目は正月十八日、――正確に言えば十九日の暁方、鎌倉町の三村屋が丸焼け、そのうえ小僧が一人焼け死んで、女房のお久は、二階から飛降りて大怪我をしてしまいました。
「三軒揃って酒屋は変じゃありませんか。そのうえ三軒とも薪と炭を商い、三軒とも夜中過ぎの放火だ」
「フム」
「それから、三の日と八の日を選ったのもおかしいじゃありませんか。御縁日か稽古日じゃあるまいし」
「面白いな、八。他に気のついたことはないか」
「そんな事をするのは、酒嫌いな奴でしょう、どうせ」
「ハッハッハッ。お前の智恵はそんなところへ落着くだろうと思ったよ――とにかく行ってみよう。笑いごとじゃない。――お前も来るか」
「ヘエ――」
ガラッ八は疲れも忘れた様子で、忠実な犬のように従いました。
三村屋の焼跡は、見る眼も惨憺たる有様でした。まだ板囲いも出来ず、灰も掻かず、ブスブス燻る中に、町内の手伝いと、火事見舞と、焼跡を湿している鳶の者とがごった返しております。